10月2日。江草仁貴さんは悔しさに顔を真っ赤にしていた。投手コーチを務める大阪電気通信大野球部(阪神大学野球連盟・2部東リーグ)が、優勝をかけた大一番に敗れたのだ。

春季リーグ戦に続いて秋季リーグ戦でも最終戦の相手は関西外国語大。春はコロナ禍の新ルールである九回打ち切りによって引き分けとなり、プレーオフ進出を逃した。そしてこの秋の最終戦は、戦前までチーム防御率1・50という自慢の投手陣が崩れ、3-13。優勝まで「あと一歩」のところで涙をのんだ。

「いろんなプレッシャーもあっただろうけど、そこで自分の力が発揮できなかったのは選手が一番悔しいと思う。僕自身の指導力不足で勝たせてあげられなかった。その責任はすごく感じる。2季連続で優勝争いというところまでは来たけど、その『あとちょっと』が大きい差。そこを埋められるように、これからやっていきたい」

そう言って、江草さんは唇をかみしめた。

指導者になって4年目だ。「選手ができなかったことができるようになったりとか、試合に勝ったあとの嬉しそうな笑顔を見ていると、『指導者になってよかったなぁ』って思える。逆にずっと悩んでいる選手に答えを導き出してあげられないとか、うまいこと進めてあげられないとか、そういう自分の力不足も感じている。だからもっと指導者としての勉強をしっかりして、僕も選手とともに成長していかないといけない。それがチームを強くすることにつながるんじゃないかと思う」と、前を向いていた。

江草さんは専大から阪神に入団し、西武、広島と3球団にわたって活躍した左腕だ。小気味いいピッチングと愛くるしい笑顔で人気を博した。2017年に引退したあとは自身の会社を経営するかたわら、18年から大阪電通大のコーチとして学生の指導にあたっている。また、野球中継の解説やラジオパーソナリティー、野球教室やイベント出演、講演など、その活動は幅広い。

阪神では「SHE(桟原将司、橋本健太郎、江草仁貴)」の一員として2005年の優勝に大きく貢献した。その当時のことを尋ねると「入団して3年目だったけど、1軍に1年間いた初めての年だったからルーキーみたいな感じで、みんなについていくのに必死だった。あのときのブルペンって誰が出ても0点に抑えていた。JFK(ウィリアムス、藤川球児、久保田智之)は絶対だし、その勢いというか流れで僕らも抑えられるっていうイメージだった。もう毎日、毎試合が楽しくて、投げたら抑えて、そしたらチームが勝つ、みたいな。ほんとに充実した1年だったっていう記憶」と、イキイキとした表情で振り返ってくれた。

たしかに負ける気はまったくしなかったなぁ。自身も活躍してつかみとった優勝の喜びは、ひとしおだっただろう。

「初めての優勝だから楽しすぎて、ビールかけも一生忘れられないいい思い出になっている。誰に対しても無礼講って感じで、はしゃぎ過ぎた。金本(知憲)さんに酒かけたり、普段は怖いシモ(下柳剛)さんにも…(笑)。なんでも許される夢のような時間だった」

最高のひとときだったというのが伝わってくる。今の選手にもぜひ味わってほしいと願うばかりだが、現在ペナントレースも最終段階にさしかかり、ほぼヤクルトと一騎打ちの様相となってきた。今年の阪神を、江草さんはどのように見ているのだろうか。

「毎年のチームカラーっていうのがあって、阪神はピッチャーがしっかりしている。そこに佐藤輝明選手というオバケみたいなルーキーが入ってきて一気に打線が活性化した。ホームランが出る、打てるチームになったんで勝ち星が増えて、今の順位にいるのかなと思う」

では、ここから優勝するために必要なことはと聞くと「やはりクリーンアップ。サトテル(佐藤輝)もルーキーなので、そこまでプレッシャーをかけたら可哀想。彼はほんと前半戦、チームを引っ張ってくれた。あとは先輩たちが結果を出すことが必要。でも投手力では勝ってるので、最後は阪神が抜けると思う」と力を込めた。この言葉を信じたい。

さて現在、江草さんが取り組んでいるおもしろい事業も紹介しよう。この夏、「みんなの動画投稿スタジアム(通称みんスタ=https://minsuta.com)」というサイトを立ち上げたのだ。コロナ禍の影響で大学のリーグ戦も中止になったり、開催されても無観客だったり、また高校生のスカウティングにも行けなかったり。そしてプライベートでも、我が子の運動会や発表会などの行事が次々と中止になっている。そういったことを憂えて「みんなの前で披露できる場を作りたい」と考案したサイトだ。


「みんスタ」ではプロ、アマ、学生問わず誰でも動画を投稿でき、誰でもが閲覧できる。やり方も簡単で、自身が撮影した未編集の動画をLINEで送るだけでプロが編集して公開してくれるというのだ。遠く離れた親族や友だちに見てもらえるし、アマチュアの選手たちの映像がプロのスカウトの目に留まることもあるだろう。


投稿するのはスポーツだけではなく、音楽や書道など芸術系もOKで、編集済みの動画を投稿者に無料でくれるのも嬉しいシステムだ。さらにプレゼントや表彰などもあり、年間MVM(Most・Valuable・Minster)に輝くと賞金100万円がもらえるという特典もある。「登録不要、編集無料、スマホだけで完結」というのは現代っ子にとって、どストライクじゃないかな。有名YouTuberとコラボするなどし、徐々に認知度を上げているところだ。


「少しでもみんなの救いになるもの、少しでも多くの人を笑顔にできるものを」という思いで企画した「みんスタ」。みんなが自分のプレーや好きなことをやっている姿を見てもらえる。そしてまた、それを見る人も楽しめる。みんなが幸せになることが、江草さんの願いだ。わたしもタイガースの優勝を祈念して、1000本ノックか素振り1000回の動画でも撮って投稿しちゃおかな。…って、誰が興味あんねん!