条件提示なしの「続投要請」が矢野燿大監督(52)の『精神安定剤』になれば、16年ぶり優勝の望みは消えません。ヤクルト、巨人との激しい優勝争いの渦中にある阪神は藤原崇起オーナー兼球団社長(69)が矢野監督に続投要請を行ったことを18日に明らかにしました。3年契約の最終年を迎える同監督に対して、夏場の東京五輪によるシーズン中断期間中に続投要請が行われなかった…とこのコラムでは書きましたが、「監督選定」が専権事項のオーナーがやっと「来季も…」と指揮官に伝えたのです。その舞台裏には何があったのか…。来季を「口約束」された矢野監督は人事確定の発表を優勝への『力水』にしなければなりません。勝つことで大きく視界が広がります。


■非常にすばらしい手腕


まさに激闘の日々です。ヤクルト、巨人との優勝争いは残り30試合を切った段階でも、日々の白黒で大きく有利、不利が変わる厳しい状況です。24日の巨人戦を6-6で引き分けた段階で、残り試合は「25」です。ヤクルトとの直接対決は5試合、巨人とも5試合です。首位ヤクルトとは0・5ゲーム差。3位の巨人とは1・5ゲーム差。これは今、原稿を書いている状況の数字ですが、今後の直接対決でライバルを圧倒するなら、優勝のチャンスは大きく広がるし、逆なら敗退…。一寸先も読めない展開が続きます。


こうした状況下で、阪神とヤクルトは監督人事で大きな動きがありました。まず、2015年以来、6年ぶりのリーグ優勝を目指すヤクルトは高津臣吾監督(52)の来季続投を正式に発表しました。衣笠剛球団社長兼オーナー代行(72)が続投を要請し、同監督も受諾したのです。2年連続の最下位からの浮上を目指した今季は115試合消化時点で58勝42敗15分けでリーグの首位。主砲村上崇隆内野手が37本塁打、98打点(24日現在)の大活躍。現役時代はストッパーとして活躍した高津監督らしく、投手陣もリリーフ陣を整備し、チーム防御率3・49はリーグ2位。低迷期は打線が点を取っても、取ってもザルの如く、投手陣が打ち込まれるパターンでしたが、今季は全く違います。


高津監督は今季が3年契約の2年目です。よほどの低迷がなければ「来季も続投」は既定路線ともいえますが、それでも留任決定はさらにチームの空気を前に押し上げるでしょう。


そして、阪神も矢野監督に対して、藤原オーナー兼球団社長が「来季もお願いしたいという話をさせていただきました」と続投要請を行ったことを18日に明らかにしました。矢野監督の手腕に対して「非常にすばらしい。後半戦についてもいろんな選手の状況はあるが、いろんな手を打って頑張ってくれている。進化している」と手放しで褒めていましたね。


矢野監督は2018年10月、突然に解任された金本前監督を引き継ぎ、3年契約で就任しました。1年目の19年は69勝68敗6分けで3位。2年目の昨季はコロナ禍で120試合の変則シーズンでしたが、60勝53敗7分けの2位。そして契約最終年の今季はシーズン序盤からルーキー佐藤輝明外野手の大活躍などで首位を快走。22日の中日戦に1-2で敗れ、首位から陥落しましたが、まだヤクルトとは0・5ゲーム差(24日現在)。16年ぶりの優勝のチャンスは大いに残されています。



■声を荒らげた指揮官に心配の声


このコラム(9月5日アップ)では、夏場の東京五輪によるシーズン中断期間中に、予想されていた矢野監督への続投要請の正式発表がなかったことを書きました。阪神電鉄本社や球団首脳の間に「監督交代の機運」はまるでなく、7月14日には藤原オーナー兼球団社長が自ら「そういう時期がくればじっくりやっていきたいな、考えていきたいなと。そういう日が来ればそうさせていただきたいな、ということになると思います」と話し、近々に儀式が行われることを示唆していました。ところが、五輪による中断期間に続投要請は行われなかったのです。


そうなってくると、続投要請は決着のついたシーズン終了後?との推測が流れていた直後の9月16日、藤原オーナー兼球団社長は矢野監督への続投要請を行ったのです。監督問題の方向性を固めなければならない時期には来ています。10月4日は戦力外通告を行う解禁日です。そして、10月11日にはドラフト会議が行われます。戦力外選手の選定や、ドラフト指名の人選など、球団フロントはとっくに監督の意向を聞く時期に来ています。球団編成部の独断専横で決めてもいい話ではありますが、「来季」を約束された監督とともにチームづくりを前に進めるのは理想形ですね。


ただ、こうした時期的な問題よりも、9・16の続投要請は矢野監督への『精神安定剤』の意味合いが大きいという指摘もあります。8月13日のペナントレース再開後、一進一退を繰り返す中、矢野監督の精神状態を心配する声が現場周辺から漏れ伝わってきていました。特に顕著となったのは9月10日、チームを牽引してきたルーキー佐藤輝の1軍登録を抹消した前後です。


報道陣から打撃不振の続く佐藤輝の処遇を聞かれた矢野監督は「これから考えるって言うてるやん!」と声を荒らげたといいます。周囲が心配するほどの状況…だったそうです。激しい戦いの日々、佐藤輝の打撃不振で得点能力が著しく落ちたため、思うようにいかない戦局…。そして、決して口にはしなかったのでしょうが、いつまでも来季を保証されない自身の立場…。


こうした状況下、藤原オーナー兼球団社長は指揮官を慰労する形で、続投要請に至った…という情報が球団内部から漏れてきましたね。矢野監督の精神状態をケアすることが主目的の続投要請だったとすれば、具体的な続投条件(新しい契約年数や年俸)は決着のついたシーズン終了後に話し合われる、というのもなんとなく理解できます。



■過去の失敗に学んで慎重に


なので、矢野監督の来季以降は今季の最終順位によって変わってくるでしょうね。16年ぶりの優勝ならば新たな3年契約も視野に入るはずです。逆にV逸ならば単年契約の更新制かもしれませんね。


過去、阪神は監督への再契約で2度も『痛い』思いをしています。一度目が2011年オフの真弓監督の解任。09年から指揮を執った真弓監督は1年目は4位。2年目の10年は城島の補強などが効いて2位。その年のオフに球団は12年までの新たな2年契約を結びました。なので11年の解任時、真弓監督はあと1年の契約期間を残していたわけです。


2度目は18年の金本前監督の解任。これも2位に食い込んだ就任2年目の17年オフ、球団は新たな3年契約を締結しました。その再契約の1年目の18年に最下位となるや、突如として解任。契約期間は2年も残っていました。


結果として真弓監督と金本監督には残りの任期、そのまま年俸が支払われたのです。つまり、金本前監督に対しては昨季まで年俸が支払われ続けたわけです。


阪神としては、同じ轍を踏みたくないでしょう。矢野監督との再契約年数は今季の最終成績をにらみながら慎重に決めていくはずですね。なので、藤原オーナー兼球団社長は契約年数や条件など細部について「シーズン後に改めて詰める」としたわけですね。結果次第で契約内容は大きく変わる…ということへの示唆でしょう。


ただ、矢野監督にとっては「口約束」とはいえ、来季が保証されたことは精神的な安定剤になるはずですね。そして、16年ぶりの優勝を勝ち取ることが、自らの再契約の条件をアップさせることに直結するわけですから、これ以上ない大きな励みになるでしょう。藤原オーナー兼球団社長の言う「信頼」を信じて、最後の1試合まで全力を尽くしてほしいものです。