桑原謙太朗投手が20日、西宮市内で会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。
今季は開幕1軍入りしたものの、7試合で防御率9・00。右肘や肩などの痛みに悩まされ、5月下旬から2軍暮らしが続いていた。
桑原は奈良産大から2007年大学・社会人ドラフト3巡目で横浜入団。10年オフにオリックスに移籍し、14年オフは阪神へ。17、18年は2年連続で60試合以上に登板し、17年には43ホールドポイントで最優秀中継ぎ投手賞に輝いた。通算成績は242試合に登板し、15勝13敗、78ホールド、防御率3・61。
会見での一問一答は以下の通り。
「このたび2021年で現役生活を終わることになりました。後悔はしていないですけど、悔いは多少残ったかなと思う野球人生でした。横浜で入団して、オリックスで、阪神さんにトレード拾ってもらって、活躍できたことが何より良かったかなと思います」
-引退を決意して悔いが少し残ると。
「自分の中ではやり切ったというのが一番です。最後までちゃんと投げ切りたかったなというのはある。そこは悔いが残っています」
-引退理由は。
「9月始めに練習試合に投げさせてもらって、ほとんどまともに投げられなかった。もう、ダメだなと思って決断しました」
-相談相手は。
「家族には相談しました」
-家族は。
「『お疲れさま』という感じでしたね」
-もう少し投げて欲しいというのは。
「『もういいんじゃない』みたいな感じの言葉はいただきました」
-肩、ひじの痛みと戦った。
「開幕1軍に残れた時点では良かったと思うんですけど、そこから放れずに5月中旬ぐらいに抹消されて、ファームで頑張ろうと思っていたんですけど、痛み抱えながらやっていく中で思うようにはいかず、という感じですね」
-9月まで踏ん張ってきた要因は。
「最後まできちんと試合に投げて、どうなるか分からないですけど、幕が下りるか分からないですけど、試合でちゃんと放りたかったというのは自分の中ではありました」
-2017年には最優秀中継ぎ。
「それまで何も活躍できず、金本監督に抜てきしていただいて。その期待に応えられたかは分からないですけど、自分の中では精いっぱいやったというのがあの年だったかなと思います。自分の中でも上出来以上ですね」
-ファンにはマウンドで逃げないで向かっていく姿を見せられた。
「当時、勝敗大事なところで放らせていただいたんで、どうやって抑えて貢献できるか、抑えてやるぞという気持ちでマウンドに上がっていました」
-金本前監督と連絡は。
「連絡させていただいて『お疲れさま、当時はよく頑張ってくれた』という言葉をいただきました」
-矢野監督には。
「『けがして投げられなくなって、また投げられるようになった経緯が今後にプラスになると思う。今後に生かしてほしい』と言葉をいただきました」
-3球団でプレーしたが、印象に残ったのは。
「結果出たという試合じゃなかったですけど、2017年のCSの雨の中での登板が一番、印象深いですね。打たれた試合だったんですけど、なかなか経験できないところで投げたなという思いですね」
-悔しさがある。
「悔しさもありますけど、驚きですね」
-10年目で阪神でブレーク。この球団については。
「入団当初、横浜でよく対戦して、強いというイメージがあった。あとファンの方がすごいイメージ、すごいなあというイメージでした」
-甲子園球場で投げられるのが楽しみと。
「リリーフカーでマウンドに上がる時にすごい応援してくれて、すごいんだなあという印象で最初、投げた記憶があります。当時、17年ですけど、『頑張れ』という感じで声をかけてもらったのは覚えていますね」
-引退後の予定は。
「これからゆっくり考えていきたいと思います。最後まできっちりとやってから考えたいと思います」
-1軍も優勝争いで首位に立っている。ブルペン陣に残したい思いは。
「岩貞、岩崎両投手がいるんで心配はしていない。中継ぎとして一つのチームとしてこれからの阪神タイガースを盛り上げていってもらえたらなと思います」
-選手、スタッフに。
「ぜひとも在籍中に優勝していただきたいなと思います」
-改めてタイガースファンに。
「7年間、応援ありがとうございました。1、2軍とも優勝争いしている中でファンのみなさまの応援という力でこれからもタイガースを盛り上げていってほしいなと思います。これからも阪神タイガースを応援よろしくお願いします」