三が日の賑やかなタイムラインに流れ星のようにスっと。好きな人たちに見つかりますように、好きな人たちに見つかりませんように。
「笑え金魚ちゃん」
それは養成所の同期である「あんくん」「あさのくん」と3人で歩んで走って泳いで飛んで、時にぶつかって、転んで、そしてとんでもなく笑ったネットラジオ番組。
あんくんのお母さんの気まぐれな案の中から付けられたそのタイトルは、今思えば不覚にも自分たちに向けられたものだったのかもしれない。
あっという間だったのに溢れる程の高まるものが生まれ、もたれる程の濃厚な愛に包まれた3年間。
少し前に最終回を迎えましたが、書きたい事が多過ぎて、でもまとまらなくて、そしてタイミングも逃しましたが、書かない選択はなかったので、年末に今年の汚れは今年のうちにとは言うけれど汚れではないので書かずに去年を終え、今年早々3という発した数字第一位の日に私の3年間の小さなほこりを書いてみようと。
まずは!
改めてまして、笑え金魚ちゃんを一度でも聴いて下さったポイメンの皆様、3年間本当にありがとうございました。10年続いた番組なのかなってくらいポイメンへの感謝とキラキラとした思い出でパンパンです。
ひとまず、笑え金魚ちゃん、休憩で。
今から書くのは3年間の私から見えた景色であり、特にまとまった話でもないと思うので、恐らくあっちいったりこっちいったり上がったり下がったりでしょう。
意図的に書かないというよりは記憶力が乏しいので書いてない事もあるかと思います。
というより思い出があり過ぎて書ききれない。
これ書きたいけどキリないなとか、これ書くならこれも、なんて芋づる式に辿っていたら深海魚に遭遇して耳が破裂してしまうので思い出の大きさというよりは、とりあえずこれを、という感じ。
でも、「これを」だなんて簡潔にまとめる事は出来ないんだけどね。
だってほら見てっ!
ここまででもこんなに行数を使ってるの。
だからここからは、器かたまり男と懐でかまる子以外は読まないで下さい。
うんちうんちーー💩!
これでもこの先を見てくれるあなたは、変わり者か、なんだかんだホラーを観てしまう人、はたまたやじうまワイドな人か、優しい人。
でも、今一度読む前に立ち止まって下さい🖐
ほんとに色々書くので「言わぬが花」の人は見ない方がいいと思う。
私、下町生まれの江戸っ子だけど粋じゃないからさ。
ずっと大開放時代。探す必要のない程にこの世に全てを置いていく。口をおさえて笑う事もないし、便秘もほとんどしない。
しかし、この時代は本当にべらんめぇだらけで、有名になればなるほど発言する内容について規制がかかって、数え切れない人に影響が及ぶ。
頭の回転の速い人に至ってはこう思われるであろう、こう伝わるだろうという事に対する言葉をSNSで先回りして発信し、一見すると賢く感じる反面、人一倍臆病で、誤解されたり傷つく事を避ける為に予防線を張っているようにも思える。
「本来」
とはいつぐらいの事でどれぐらい正確な事なのかはわからないけれど、本来は言論の自由があり、ここまで包囲網を張られて方方に過剰なまでの考慮をする必要などなかったはず。
この本来の崩壊のせいで、とんでもなく面白いものにすら蓋をせざるを得ない状況が増えている。そしてその蓋は驚く程に肥大化し、ドッスンの如く顔をゆがめて潰しにきている。
しかし、かくいう私はどうだ。
とても小さな小さな、いや、小さなにもかすらない微の微の微であるからして世の中から見たら何者でもない分、上記の銀河系軍団よりも光年の差ほど自由が利く。
つまりこれは、微が一瞬だけ一発放り込むだけの微ブログ。バルログ。ヒョぉ〜!
だから仮面も割れちゃうし、こんな事も思うままに書いちゃうのよ。
でもいくら爪の折れてる大開放の微トラ・バルログとはいえ勿論全部は書かない。
言ったって誰も得をしない事や自分の中に秘めておくものだってあるもんね。
でも、誰かの「言ったって誰も得しないじゃん」に当てはまらない保証はないから見ない方がいいなって思ったらそれが正しいよ。
見たかいここまで?
めんどくさいねぇ!!
引っ張り方がみのだよね、オーヤマおーやだ!
自分でもめんどくさい。笑
だからめんどくさいの好きな人向けだね。
そしたら見る人居ないか🐟ぎょっ
あ!あとこれも前置きを。。
丁寧語と常語が頑張った人のシャトルランなので国語の先生居たらごめんなさい!
というのも実はこれ最終回を迎えてからずっと部分部分書いたり切ったり貼ったりしてるので文章も似通ったものが大漁祭り🌸
ヤーレン!
ソーラン!
ここまできたあなたはすごいです!
見るのをやめたあなたは正常です!
では、はじまりはじまり〜🐟
さて、笑え金魚ちゃんが最終回を迎え、様々な憶測や推測があるかとは思いますが、恐らくどれも当たりではありません。
、、と思います。
というのも、我々3人もコレだ!と明確な答えはないからです。
3人居れば各々の思いがあって3年あれば色々な物事が変化します。
ぶつけた思いも、ぶつけられない思いも、ぶつけないようにした思いも2人以上集まれば誰だってある事です。
ちなみに私のこの3年は、ジェットコースターロマンスでした!
あんくん、あさのくん、2人の始めたネットラジオ「笑え金魚ちゃん」の第0.5回にゲストのような形で呼んでもらい、何故かそのまま、次の第1回から正式に一緒にやらせてもらった。
どういう流れでそうなったのかあまり覚えていませんがいくら図々しい私でも流石に自分から入れて!とは言わないので言ってもらったのだと思う。
第0回が好きだった人には本当に申し訳なかったと思う気持ちはしばらくありつつも、居場所をもらえて嬉しい気持ちの方が正直強かった。
というのも私はかれこれなんだかんだあって、上がったり下がったりする病気で芸人活動を休止していた。
無免許のぬ〜べ〜です、と名乗れそうな地獄に居たのと仕事をしようにも身体がうまいこといかないので中々復帰の目処もたたなかった。
ぬ〜ぼ〜ってあったでしょ田代まさしの。あれ私好きだったんだよね。あとライスチョコも好きだった。こんなに好きでもなくなってしまうんだね。
余談でしたね。
地獄、そんな中、優しい2人が私をマグマの中からUFOキャッチャーで出してくれたのです。
私は笑え金魚ちゃんに来て、光をもう一度目にする事ができ、どれだけ飲んでもなくならない水を得た。
そこの光は、蛍光灯のようなパッと白い灯りではなく、じーんとあったかい灯り。
普段は蛍光灯の方が好き。
熱かったり冷たい水ではなくぬるい水。
普段はキンキンに冷えた方が好き。
でもそこがとんでもなく気持ちよかった。
ぽかぽかとして居心地良かったんだなぁ。
いつもどういうわけか生き急いでいた私はそんなペースで自分が歩く日が来るなんて思ってもみなかった。
2人がお父さんとお母さんのように私を間に手を繋いでぶらんぶらんしてくれたのだ。
今までは、いつも何をするにも1人だった。
さみしーーー!かわいそーー!あわれーー!
そこまで言わなくたっていいじゃないの。
ピンていつも1人なの。
でも実はずっとコンビやトリオが組みたかった。喜びを分かち合うとかきつい時は支え合うとかそういうのが大好きなんだ。
さむいか?いいさ。
これで卑下フォローしてたら保険だらけの文章になってしまうから。
そして何より私は1人で居る時、中人数、大人数の前で自分を出すのがめっぽう苦手。
意識しているわけでもないのに自然とよそ行きの顔になってしまう。
だから3人で居るといつも心強かったし自分らしく居られた。
トリオというガチっとした物じゃないんだけれど、トリオみたいで本当に楽しかったし、3人だと自分が何か発すれば誰かが何かを言ってくれる、それに応えたり、一緒に笑ったり、ツッコんだり1,1,1も2対1でもやり取りが出来るわけだ。
そしてケツ持ちもしてもらえる。
しかし、我々は特にしまりが良いわけではないのでいつもうんちを垂れ流している状態だった。
でもそれでも成り立っていた。
それは、それでも良しとする3人と、何よりそれでも良いよとでっかな器で受け止めてくれていた笑え金魚ちゃんリスナーである、ポイメンが居てくれたからだ。
リスナーさんには番組によって愛称があったりして、我々の「ポイメン」ていうのはあさのくんと私で案を出し合って決めた名前で、最初「バクテリア」という名前にしたら否が多く、取り消した。わたしゃバクテリアって金魚にはいいものだと思ってたんだ、無知オーヤマでごめんね。
そして新たな呼び名を考える事になり、金魚すくいには「ポイ」が必要で、コレだ。となり、それにメンバーの「メン」を付けたわけだ。
今いっちょ前に説明しているけれど、そもそも私はラジオってよく知らない、それどころか聴いた事がなかった。
そして未だにわからない。
知ろうとしてないんだろうなとも思うし知りたいかもわからない。
でも、この3年間でラジオっていうのはとんでもなく素敵で楽しいんだって事を知った。
それから、下ネタっていうものを知った。
勿論耳にする事はあったけれど、発する事はほぼなかった私にとって、当初そういったメールを読む事は拷問のようだった。
下ネタなど本当に必要なものなのだろうか?と思うことも少なくはなく、見つけると怪訝そうな顔にすらなっていたと思う。
だって私の大好きなメディアであるテレビではそんなにどギツいものはない。
ただ私もテレビで言えない言葉を使う事も多々あったか、あたしだめねぇ。
でもラジオではどギツつかろうとそれが許される、治外法権のようなものがあるようだ。
イケナイ事を公に出来る、普段言えない、言わない事、自分の脳みそを奔放に表現する事が出来る。
つまり、ラジオとはリスナーの最高のサンクチュアリであり、下ネタにはロマンがあったのだ。
今でもやはり発する時に、連発でどギツいのが入ってると、ギクっとする事はあるけども、もはや呪文、はたまた小学校の時の音読と思えば意外と楽しい気持ちになれるもんだ。
だから私はこれからも下メールがくれば賞状を読み上げるがごとく誇らしく読ませてもらおうと思う。
ラジオというのは本当におもしろい。
耳だけなのに笑いが伝わる不思議な魔法のツール。
「ふつおた」「ネタメール」なんていうのも初めての響き。ふつおたっていうのは「ふつうのおたより」の略だという。今でも発するのはくすぐったいけれど耳慣れしてきた。
ネタメールとはその名の通りネタ職人と呼ばれるリスナーさんが自ら考えて送るネタ。
渡されるのは種のみ。
芽を出し枝に葉をつけ花を咲かせる、わざと咲かせない、土から顔を出さず根を伸ばすものもあり、品種改良したり、好きな花を見ながら違う色で咲かせたりもする。勿論、種を投げたり食べる変わり種もいる。
その方法が本当に十人十色でおもしろい。
誰が考えたかわからない「職人」という表現はこの上ないほど相応しい通り名だ。
創造する職人さんたちの労力と能力には脱帽だ。もはや芸術だと思う。
テレビの視聴者とはまた違う、このリスナーさんという繋がりは私が生きてきた世界、生きようとした世界では味わえなかった感覚を教えてくれた。
当初あんくんがよく、
「言っとくけどこの人すげー人だからな?」
「有名なネタ職人なんだぞ?」
よくわからなかったし、言われ過ぎて誰がそうなのかも全く入ってこなかった。
でもわからなくて良かった。
なんだかわかってしまうと見方が変わりそうだし、これいいブランドなんだって聞いて見たって自分の感覚が薄れてしまう。
勿論、回を重ねる毎に、あーこの人面白いなぁ!って思ったり、この人はこういうタイプなんだとか傾向がわかったり。
音だけだし、読むのは私たちなのに、どこか人柄もわかるのも面白いし、いとおしさすら感じる。
私はテレビっ子なのでテレビが好きだけれど、ラジオにはラジオにしかない良さがあって、ネットラジオにしかない緩さと親密さが笑え金魚ちゃんにはあった。
他のネットラジオを聴いた事ないからわからないところもあるけれど、メールも愛情もポイメンがナンバーワンだと私は胸を張って言える。
根拠なんて何もないんだけれど、いつも一緒に笑って、おまけに戦ってだってくれるし、病める時も健やかなる時も富める時がなく貧し過ぎたって側にいてくれるんだよね。
あぁ、やめよう。この話はしてるとさ、だから金魚ちゃんの収録の話にしよ。
毎回、番組を作るというより楽しく喋ってたらあっという間に終わってたなみたいなのばかり。
正直笑いをとろうという気持ちもなかった。
芸人失格!!ひゃー!
でも本当にね、ただ好きなように過ごす時間。
だから私は不定期だったけれど、笑え金魚ちゃんを収録する日がこの3年間の1番の楽しみであったし、1番自分を自由に出していい場所だった。
でもそれっていうのは、結局あんくんとあさのくんと居てやっぱり仲間っていいよなぁ〜って思わせてもらったからだ。
2人は優しい。
あさのくんはまぁるい優しさ、
あんくんはいびつな優しさで。
どちらがいいとかはなくて、どちらもいい。
私にはどちらも必要だったし違うからこそいい関係性だったと思う。
ただ、振り返ってみると3年間で徐々に良くも悪くも各々の主張が強くなっていったように思える。
しかも、リスナーさんであるポイメンありきの笑え金魚ちゃんだったわけだから、きっと他の番組よりもリスナーさんの影響力も我々には大きいのだ。
今の一文に語弊があったらあれですが、ポイメンのせいとかは全くないですからね!笑
ただ、いい顔しいになるのも嫌なので言うと、感じるものに関して揺らいだりマイナスの気持ちになる事がないわけではありませんでした。
自分の中でドライに考えるようにした事もあったし、ポイメンに会わなければ良かったんじゃないかとすら思った事もありました。
なんと説明してもどんな言葉を使ってもまどろっこしくなるので端的に言うと、好きになり過ぎました。
金魚すくいのくせに射抜いてばっかりでやんなっちゃうよ。
だから当たり前だけどポイメンに会わなかった道と今の道を比べたら天と地の差がある程に幸せで、違う道を進んでいたらここまで目を輝かせる事も好きになる人の数も多くなかったというのは、ヒトラーにも異論すら唱えさせない揺るがない周知の事実だ。
先ほど、各々の主張が強くなったと言ったけれど3年間で3人それぞれ変化したんだなと。
変化、というとここでは悪く響くかもしれないけれど、要は深くなったんだと思う。
仲良くなればなるほど甘えが出て、普段外の人には見せないような一面も出るもんで。
家族に近いのかな。
でも家族じゃないからなんでもありなわけではなくて。
だから3年間の回数を重ねていくうちにお互いに対してハートのライフが少しずつ減ってきたような気がした。ロックマンみたいな感じね。
思いやりなのかな、きっと同じ事でも以前はこう思っていただろうなっていうのが変わってきたり素直に出せなくなってきたり。
でも冷静に考えるとそれは深い関係になったが故の事だからそれは健全な事なんだと今は思う。
そういうのって毎回聴いてる人にはわかるのかなぁ。でも我々ムラがあるからそういう意味では毎回違ったと思う。笑
でも誰よりもムラがあったのは私!
時期によって本当に違った。
いや、回によってかな。
ムラだらけ、ムラムラしてた。
ムラ・オーヤマという名前にした方がいいんじゃないかなぁと思う程。
それはうそだよね。
しかしほんといつも怒ったり笑ったり病気があったり。
立ち歩いていすの上に立ってゲップしておならして。
ポケットに手をいれたりイヤホンが取れる程動いたり。
、、、2人は偉大だね。
子供どころじゃないもんね、もう原始人、はたまた動物。
本当に私はね、笑え金魚ちゃんの中だけは垂れ流しの自然体でいられたし、自分の存在価値を見出す事も出来たし、お笑いはやっぱりいいなって再確認する事も出来た。
ここで人間になったんだな私は。
人間になれたんだけどなっちゃったからさ。
ポイメンに期待されたり応援されるのが、とっっても嬉しくて肩をぶん回して脱臼してもぶん回してたとこがあった。
期待してくれる人達はいつも「3人のペースでね」と重くならないようにと配慮してくれてたけど、私は勝手に球を砲丸として受け取って抱きしめていた。
感覚と感情で受けてたから球種も、どの競技の球かも合致したものはどれだけあったかわからないけれど、千本ノック大歓迎だった。
でもそれっていうのは、うぬぼれるくらいポイメンの愛を感じていたから。
そして、自分の中で恩義を大事にしたいと生きてきたつもりではあるからこんなにも期待したり応援してくれたり呆れるような事しても呆れるほど一緒に泳いでくれてたら本当はなんとかどうにかしたかった。
おんぶにだっこ丸のうちらが結果を出した時に初めて恩返しが出来るのかなと思っていたけれど、そうはいかなかった。
ただ、後期の私は、どうしたら金魚ちゃんがもっと何かに出られるのかを考えたり、芸人としてのプライドや、立ち振る舞いを気にするようになった。
更に、病気が良くなり舞台に上がる事が現実味を帯びてきてそれに拍車がかかった。
そしていつの日からか、どの役回りを自分がすればいいのかわからなくて、決めた方がいいんじゃないかなぁと思ったりもした。
まぁジェンガ苦手な私がバランスを考えた時点でだめだよね!
サバンナに生息してたのが動物園の檻に入ってガオーっとパフォーマンスしたりするなんてつまらないだろうし、少し譲歩してサファリパークだとしても3日ともたず退屈してしまうだろう。
だから、私の病気が良くなっていった事は良いことではなかったのかもしれない。
勿論3人それぞれの良い悪いが交錯していたと思うけれど、もしも、もしもだよ?
この笑え金魚ちゃんが終わった理由をあげる必要があるとしたら原因は私だ。
脱臼グセは勿論その1つだと思うんだけど、、
そもそもの話、元はといえば2人が始めたラジオ、私は居ないはずだった。
2人の空気感が好きな人には引っ掻きまわすような形になっちゃった。
それに、いれてもらったという謙虚な気持ちはいつしか消えていたし、2人の優しさに沢山甘えたし、助けてもらった。
2人だけだったらもっと続いてたんじゃないかなぁとか、癒やされるラジオとして何か出れてたんじゃないかなぁと思ったりもする。
私は2匹の金魚の糞が偶然くっついて出来た金魚の形をした糞なのだ。糞て私読めなくていつもクソって読んじゃうのね。でもこの字怖いからカタカナにしよう。
あんくんとあさのくんは金魚、私は金魚の形をしたフンなのだ。
だから笑え金魚ちゃんはフンだらけになって鉢を出ざるを得なくなってしまったのです、本当にごめんなさい。
あとはね、これは原因はもう関係なくなるんだけど、気になってたのは2人のガチファンにはなんか申し訳なかったなと。
昔芸人の先輩方と一緒に居た時、格闘技好きな方々で男性ばかりだったもんだから、ファンの方のそういうのをビンビン感じざるを得ないものがあった。
だからね、そういう時2人との距離とか言い方とか仕方がわからなくなる事も。
だって本当にそういう感情が全くないし、だけど好きだし一緒に居たいんだもん。だからなんぼのもんじゃいって思う事もあったよそりゃ。笑
まぁ、推しが一番なんだからね!みたいな感じだとしたら推しの為にもプラスな気持ちだけを届けてあげて欲しいし、ヤキモチというか親しくしてるのが嫌なのは想いがあるという事で悪い事じゃないと思う。
でもそうではない女性ポイメンから言葉や気持ちをもらったり感じる事が出来ると、あぁ、そこに目をやるのは好きでいてくれる人たちにとんでもなく失礼だよなって思った。
私はどうせならみんなに愛されたいと思ってた、でもそれって気持ち悪い。賛否があるから面白いし、賛否がドドドドって溜まるから話題になったり世の中にポンっと出てきたりするわけだ。
だから否に、どうして否なの?否はどうして欲しい?
って聞くより、賛ありがとう心から!!
がいいよね!
という事で結果、ガチファンはガチファンのままで大丈夫でした、以上。
それから、これは自分に言える事で、最後の方は迎合してるような感覚があった。
迎合とまではいかないか。でもフレンドリーな丁寧語から謙譲語の姿勢に変わっていたかもしれない。
こういう風なイメージを持たれているであろう自分でいるように振る舞っていたと思う。
需要を予想して供給した。
この間、久しぶりに中間くらいの時期のを聴いてたらキレたエピソード話してて、やばいな私!って思ったけど素直で清々しいものがあった。
だから最後に近いくらいの回はもはやCMコントくらいしか聴かなかった。
あれはそのままの自分で居られた。
あれ!?
よくよく考えてみたら昔からそこまで聴いてる回がないや!笑
浸ってるだけだった!
そもそも自分の声が好きじゃないのもある。
ただ、聴かないって意思をもって敢えて聴かなかったのが1つだけあった。
第2回公開収録。
これは未だに聴けない。
自分の中で第3回が終わったら聴こうと思ってたけど第3回はコロナもあったし変化球で結局第2回は聴いてない。
第3回は実はやりたい事があって、第2回が終わってからずっと考えていた物だったんだけど会場で出来なかったから実現しなかった。
ここで話すと今後やらないから言うみたいでやだから、いつかまたやる時にやるね。
いつの日か聴く事あるのかな。
還暦祝いに聴こうかな👵
第2回が終わった後集まった時にあさのくんの思い、あんくんの思いを聞いた。
隣同士座っていた2人の温度差が目に見えた。赤と青!私は紫が好き。
まぁ大丈夫だよね、とのん気にそれを見ていた私はというと、公開収録後にもらったあんくんの言葉でわくわく前向きロックオンしていたので湯を沸かすほどの熱さであった。
なので、先日の最終回であんくんが読んだ「手紙」を聞いていて、第2回の後から見て聞いて感じていたものとの相違に驚いた。
佐川急便のトラックの新旧のデザインくらい違った。
でもそれは当たり前のことなんだよね。
あんくんの手紙はあんくんの景色。
あさのくんの見えた景色はあさのくんの景色。私の景色は私の主観の景色でしかないのだ。
台本にも手紙の内容が載っていて、漫才のようにツッコんでと言われたので始まる前に少し読んでたら、え、、、、。
あぁ、私とんでもなく悪い事しちゃってたんだなと思った。
だから続きが読めなくて、読んだフリをする為に私はページをめくってからは目でわざとぼやかして、見ないようにした。
目でわざとぼやかすのうまいんだよね。
信号を見る時にやると花火に見えるんだよ。
なんか危険なだね、でも今度やってみて🎇
だからそれに対してはもう何もなし。
ただ、思ったのはね、第2回、第3回とあんくんの手紙の手前に話したけれど2番目って本当に難しいっ!笑
何なら言っていいのかどういうテンションで言うべきなのか全然わからない。
あとは手紙の掛け合いの練習したかったなぁ。
練習をやって本番を迎えるのがくすぐったいのはすごくわかる。
でも私は器用でもなければ、ピンでやってきた人間なので人の喋りに何かをいれるのは異世界。ましてやベテランじゃないんだからそりゃ息も合わない。笑
どうせやるならほんとは100、せめて70、いや最低限のレベルまででいいからやりたかったな。
でももう自分の思いとかベクトルについて言及する事に関して不安と恐怖しかなかったので何も言えなかった。笑
あんくんがってより自分の感じ方はズレているんじゃないかともはや自分の感覚を信用出来なくなっていた。
しかしながら、第3回は今の2人で出来る事を全力でやれたと思ってる。
とは言え、完全に聴いてくれた人とZoomに参加して助けてくれた人たちのおかげ🙇!
居なかったらもうなす術なく、何もなかったことにしてたかもしれないんだけどね。
だけどあの時はいっぱいいっぱいではありながらも、なんでかとっても楽しかった。
私もだけど、あんくんのテンパりようは半端じゃなかった!笑
でもあの人ほんと優しいよ。クズだけど。
でも優しい。クズはクズだけどもね。
あさのくんも勿論優しいよ。
病気でひどい時には特にあさのくんに助けてもらったし、私の自分の自信のなさにトントンと背中を押して一生懸命良い所を伝えてくれて、自由に遊んできなさいとお父さんのようにしてくれていたのは紛れもなくあさのくんだった。
意外と血の気多いしハイパーガンコおやじだけどね。笑
でもリハビリで出たR-1にも付いてきてくれたし、通過した時は私以上に喜んでくれた。
ジブリの話とか食べ放題行ったりとか思い出もいっぱいある。
キカプアちゃんも私の怠惰のせいで全然更新出来なかったけれど、いつも私のやりたい事を具現化してくれて一番側で応援してくれた。
大袈裟なんかじゃなく私がこの3年間で生きていられたのに大きな力添えをしてくれた強い味方の1人だ。
表現があっているかはわからないけれど最高の女友達みたいな感じだった。
男友達以上の話しやすさと居心地の良さはピカイチ。
何でも話していたし全て受け止めてくれるという信頼感も莫大だった。
あさのくんは気の優しいスーパーマンだ。
だから結局振り返ると2人にどれだけ腹立った事を思い出してもそんなの比にならないくらい、屁でもないくらい2人は素敵だ。
直接はもう気恥ずかしくて言えないけれど、ここでは言えるよ、大好きだよ。
だから私が一番悪いなぁって素直に思うよ。
さて、2人の悪口も言ったし満足だな🦔
でも改めて、三角形って難しいね。
昔、中学の同級生がシフトの融通利くバイトあるよと教えてくれて面接行ったら友達と上司の人が居てタブレットで説明始めたんだよね。
その後、紙に線を書いてそれを三角形で囲って「これ何に見えますか?」って言ったの。
「トーナメント表です」って言ったら、
「なるほどそうきましたか、でも実はねずみ講だと思う人が多いんです。うちは違うんですけどね」って言ってた。
そこから3時間缶詰めだった。
三角形は人を狂わせる。
でもうちの三角形は楽しかった。
飽きないし、形も毎回同じものがないし、車も一台で足りるし、寂しくなった事がなかった。
三角形万歳でした。
だからあさのくんが卒業した事も、最終回を迎えた事もそれでいいのだ。
その証拠にあさのくんが卒業の決意をした時あんくんも私も止めなかったし止めようともしなかった。
どうでもいいとか勝手にしろみたいな気持ちは皆無で、好きなようにするのが一番だし、3人が3人お互いを好きじゃなくならない選択をしたのだと思う。
正直、どこかホッとしてるとこもある。
やっとただの仲間に戻れたから。
3人で公式にやる事がなくなっただけ、それだけ。
あとね、原因だと私が思うものを色々あげてきたけれど、最後のトドメを刺したのはコロナだったなというのを強く思っている。
直接会えなくなって意思疎通もしづらくなった。コロナさえなければもっと一緒に話し合えて、もっと長く楽しい事出来たんじゃないかなって。
おまけに私は宅建試験の勉強もあって中々第3回公開収録の事も深く詰められなかったのもある。ほんと私原因マンだな!笑
それと、会場でやってないから公開でもないのかな?まいっか。
でもあんくんとは新たに始めたものがあるから勿論連絡をとっているし、
あさのくんとは笑え金魚ちゃんの最終回後にスイーツビュッフェに行こうとなった。
コロナひどくなっちゃったのでまだ少し先になるかな。
Twitterでもつぶやいたが、あさのくんは半年前にズボンが破裂したらしい。
そして1か月でダイエットに成功。
ア・サーノ・アプローチだ。
俺は大人になった、サラダバーに行こうと言っていたが、大の甘党に出来る訳がない。
無理よ。
出来るわ。
なぜ?
なぜなら、あさのに不可能なんてないのだから!
肩幅無敵ーー!
アン、、クルホールド
という訳で、とりあえず笑え金魚ちゃんが最終回を迎えたので、トラ・オーヤマのアメブロも今回で終わります。
なぜなら、笑え金魚ちゃんで始まったブログだから笑え金魚ちゃんが最終回を迎えたのなら、トラ・オーヤマのアメブロも最終回なのだ。
いつまでも下にいかない、いつでも最初に見られる。このダラダラとした文章。
読み直す事はなくてもタイトルだけで私の3年間の代名詞になってくれる。
他の場所で発信する予定ではありますが、アメブロのラストは笑え金魚ちゃんで。
これから3人歩いて行く道はそれぞれですが、元々ずっと歩いている方向も速さも歩幅も違います。
同じ鉢に居たところから大海に放たれただけ。
うちら海水もいけるので。
だからあんくんの行く道もあさのくんの行く道も、私は旗をこれでもかってくらい振って応援します。
そして、この道がどこかで交わる事もあります。それが定期でも不定期でも、すんごく先でもじじいとばばあになってからでも。
根拠なんてないけれど、自信はある。
だって同じ時代を生きて、同じ時期に数ある養成所から選んで同じタイミングで入って、卒業してから何年かしてまた一緒になれたんだから。
だからきっとどこかでまた3人になる事も大いにあるでしょう。
無責任でもなんでも、未来の想像はなんでもアリだよね。
それが金魚ちゃんなんだって色んな人が、そして誰よりも2人が教えてくれた。
だからリスナーであるポイメンが卒業というかあんくんと私が新たに始めたピャラバカという正式名称を自分でも忘れてしまうネットラジオを聴かなかったとしてもそれはめでたい門出なのだ。
残った人は学校名が変わって、学年が上がっただけ、もしくはうちら2人と居たらなんか楽しい事おこるかもって留年してくれただけなのだ。
そして裏を返せば変わり者の新入生が入ってくるかもしれない。
少子化だから1桁かもしれないけれど。
でもどんな人でも1人でも聴いてくれる人が居るならばあんくんと私はやってるんじゃないかな。
って私が思ってて実はベクトルが全然違うっていうオチも待ってるのかもしれないな!クスクス、スーパーフード!
あと、1つ言っておきたいのは、2人になったら2人の物があって、3人からパワーダウンするのは当たり前の事なのだ。
醤油マヨネーズに七味が入ったらそりゃ味も食べる場所で変化して楽しいよ。
それが醤油マヨネーズになったらどうだい?
そりゃ物足りなくなるよ。
でもその醤油とマヨネーズの可能性だって無限大だって私は信じてる。
3人が良かった。そりゃ私も同じだよ。
でもドリカムとELTは成功したじゃないか。
どちらもあさのくんみたいな勇退ではないけどね。
ほんとはね、本音で言っていいなら、
みんな離れて行かないでよ、、って。
だけどそんな資格も権利もないし、ラジオって好きだから聴くんだもんね。
私はさ、公開収録に来てくれた人たちだけは顔がわかるからさ、この人たちが笑ってると嬉しいし、何か困ってるならきれい事じゃなくて言ってもらえたらって思ってる。
公開収録で交流して好きになっちゃってるからね。オフ会なんて参加した事もなかったのに参加しちゃったんだから。
勿論サイレントの方も会えてない人たちのみんなは顔はわからないけど、気持ち的には同じ様に思うよ。
だからこそ無理して聴いて欲しくないし、好きなラジオを聴いて笑ってて欲しい。
いつかまた会えたらいいし、会えなくても大人になってこんなに沢山の人達と出会えた事は私の宝物なので。
ただ、これからの私は、今とこれからを見ようとしてくれてる人たちを思って一緒に泳いで行こうと思う。
その人たちにいつかキラキラした景色を見てもらう事が私が今芸人として出来る事かな。
トラちゃんかっこいいかな。
心配しないで。聴き続けてくれるあなた達に決して後悔はさせないから!
いつかピャラバカで公開収録やりましょう。地区センターかなんかで茶室くらいが丁度いいかな。
コロナだからだいぶ先になるかもしれないけれど、逆に楽しみの気持ちが増えるし、ピャラバカのリスナーさんも増えるかもだよ、ね?
最後に改めて、これまで一度でも笑え金魚ちゃんを聴いてくれた方々に最高の感謝をさせて頂くと共に、大きな大好きを贈ります。
3人が頑張れたのは3人が笑えたのは3人が好き勝手やれたのは紛れもなくポイメンのおかげです。
見た目も中身も住んでいる場所も違うのにみんなで一緒に応援してくれた。
愛情を注ぎ込んでくれた。
欲を言えばまた会いたいな。
でも会いたい気持ちがあればまた会えると思うし、私が会いに行こうかな、重た!笑
でもいつかまた会えると信じているし、会いたいと思ってもらえるように泳ぐだけ🐠
ともかく楽しく自由に泳ぎます、自由形です。
だからポイメンの皆さんもどうか自由形を楽しく力いっぱい、時にゆるく、無理はせず、元気で居てください。
こんな時代になってしまったけれど、今が悪いって事は良い事がおこる前にしゃがんでいるだけで今年はたまってたまってたのがポンていくんだと思います。
私のうんちを出す時の手法と同じ。
なんかあったらDMでも下さい。
微力だし力にもなれないかもだけど。
ともかく、ポイメンが幸せでありますようにと強く願います😊
本当にありがとうございました。
まぁ、私たちはピリオドなんてキレイに打てる3人ではないので、うんちした後の拭きかけのお尻みたいにひとまず、カンマで、気まぐれな感じで,,,
つづく