黒田さんを無理やり車に押し込んで、車は出発した。


「テメーこのやろー手間かけさせやがって」


後部座席でまた暴行が始まった。


「絶対何人かにみられたよ。通報いくんじゃねーか」


「ナンバー見られてたらアウトだな。Nシステムで一発だよ」


運転席の佐藤と、竹見が心配そうに話し合っているが、山口は遠くの方を眺めて、一言も発しない。


「山口さん。どっち向かいますか」


佐藤が名指しで呼んで、「うっ?ああ」そしてしばらく手の中でキーホルダーを弄っていたが、


「川崎インターから高速に乗ってください」


いつもの馬鹿丁寧で、自信たっぷりに見せかけた山本に戻って言った。




黒田さんがカネを持っていないことが判明した以上、これ以上連れまわすのは意味ないばかりか危険である。


竹見と佐藤はそう思ったが、リーダー格である山本に積極的に反対しなかったのは、どこか当事者意識が欠けていたからだろう。訝しげな表情ながらも、車を走らせた。




数十分経ち、後部座席の暴行も納まり、車内が静かになったころ、山口が突然口を開いた。


「シャブを手に入れます。厚木インターで降りてください」


「えっシャブなんてどうすんですか」


「計画通りです。組の命令ですから」


確かに、当初計画では、カネを奪った後、黒田さんに覚せい剤を注射する、ということだった。覚せい剤を打っておけば、記憶が飛ぶし、もし記憶がそのままでも、警察に駆け込んだところで証言の信憑性が無くなる。ヤクザの常套手段だと山口が説明していた。




しかし、カネを奪えなかったときにもシャブを打つなんて。確かに決めていなかったけど、何かおかしいんじゃないか。しかしここでも、小島のいない江戸川グループは主体性が無く、反論らしい反論をせずに、山口に従うこととなる。




本橋は都心のTATOOスタジオを出て、後輩の高野にクルマで家まで送らせるために、携帯を取り出した。見ると、山口からの着信履歴が数回。「やっぱりダメだったんだろ。メシでも食わせて慰めてやって、そろそろ何かゴトを手伝わせるか」そう思いながら電話をすると、案外落ち着いた声で山口が出た。


「電話貰ってすみません。」


「どうだった」


「カネもってませんでした。それでお願いなんですけど、シャブどこかで渡して貰えませんか」


一瞬言葉に詰まった。何を言ってるんだこいつは。強盗に失敗したのに、何でシャブが必要なんだ。


「どういうことですか」


「カネもってなかったんでシャブ打って捨てようと思ってるんです。あと適当なダム知りませんか?処分するのに使えるような」


口調は淡々としていたが、内容は支離滅裂であった。


本橋は頭をフル回転して、どういう状況なのか、どう答えればいいのかを考えた。


そして「聞かせ」をやってるな、という結論に達した。共犯のガキ共に、自分の恐ろしさを演出するために、大げさなこと言ってるんだろ。予定通り金が無かったことについて詰め寄られてるのか。まー何れにしても、この演技に付き合って貸しつくってやるか。そう思い、神奈川県北部のダムの名前を適当に挙げた後、シャブを手配することを約束した。現物みせなきゃ納まんないんだろ。




それから1時間後、あるIC近くで本橋は待ち、近くにクルマを止めた山口が走ってきた。


「どうもすみません。お手数かけます」


「はい3万円分。しっかりやってくださいよ」


本橋はあえて詳しい事情を聞かず、少しふざけたようにそういって包みを渡した。




「5万円分手に入れてきました。」クルマに戻り、山本は江戸川グループの皆に、包みを見せびらかした。金額などを言ったのは、単に本橋の真似であろう。金額を多めにいったのは、ハッタリのつもりか。


本橋と会ったことで、一つの方向性が見えてきた。それは、顔色一つ変えずに大きな仕事を行う、クールな都会派ヤクザを演じること。明らかに眼にギラギラとした生気が戻った山本は、しかし抑えるような小声でいった。


「丹沢ダムに向かってください」




自宅で小島はボンヤリテレビのバラエティ番組を見ていた。


兄貴分の雑用を済ませ、合流しようと先輩の鶴田に電話したものの、早々にターゲットに金が無いことが判明したので、来なくていい、と言われて、自宅に戻ってきたのだ。先輩2人は地元に帰るのかな。鶴田と佐藤はここに戻ってきて泊まるだろう。最初からおかしい話だったが、山口があそこまで真剣にいうから付き合ったが、やっぱり無駄足だったな。オレが悪い訳じゃないが、みんなにはメシくらい奢るか。


そんなことをぼんやり考えていると、鶴田から着信があった。


「やばいです。山口さんが黒田を橋からダムに落とそうとしてます」

























川崎市の黒田さんのアパートにつき、山口ら含め数人が車を降りる。
「汚ねえ部屋だな」
6帖一間の古いアパートには、マンガやDVD、フィギュア、お菓子の空き箱、そんなものが散乱していた。見るからに金目のものはなさそうだったが、一応家捜しをし、パスポートや預金通帳を発見。残高は40万程度。だれかが「ちょっとこれみてくれよ」と皆にハガキのようなものを見せる。消費者金融からの督促状だ。「こんな金額も払えないようじゃ、俺よりも貧乏だな、こいつ」乾いた笑いがおこり、それを機に全員でアパートから引き上げる。
「どうだった」車に残ったメンバーが聞く。「ダメダメ。思った通りだよ」

金が無かった以上、「住所も職場も全て分かってるんだ。警察に駆け込んだら終わりだからな」と脅しを入れて適当なところで解放して解散、と誰もが思っていたが、山口が意外なことを言いだした。
「じゃあウイークリーマンション行きましょう」
監禁場所として用意したマンションに向かうというのだ。山口の口調があまりにも当たり前、という感じだったので、誰も口を挟めず、車内無言のまま、横浜市のマンションに向かう。

異変がおきたのは、そのマンションについたときだった。
今まで怯えきって、そして過度の緊張からグッタリとしていた黒田さんが、車を降りたとたん、突然大声で騒ぎだしたのだった。
「放せ、助けてください、殺される。助けてっ」
突然のことに皆、一瞬動きが止まったが、竹見がとっさに機転をきかせ
「お前早くカネ返せ。騒ぐと近所迷惑だろ。カネ返せばいいんだよ」
と大声で叫び、単なる金銭トラブルに見せかけようとした。

「テメーなめてんじゃーぞ」「だからカネはどこなんだよ」「うそいってんじゃねえ。殺すぞコラ」
車内に怒声が響き渡る。黒田さんを待ち伏せし、知人の名前を出して騙して車にのせたのは、ほんの数分前のことである。山口と、小島の地元の先輩後輩である宇田、竹見、鶴田、佐藤の4人、そして被害者の黒田さんの計6人を乗せたワゴンは、黒田さんの自宅のある川崎市に向かっていた。「何なんですか一体」「やめてください」恐怖と不安におびえる黒田さんの声を聞きながら、山本は満足そうにハンドルを握っていた。しかし、その激しいやり取りと暴行は長く続かなかった。カバンを取り上げて中身を見ても、財布を見ても、僅かな金とオタクらしい数々の会員証や割引券だけ。銀行カードが1枚あるだけの、とても億単位の資産がある人間のモノではない。「何なんだよこれ。お前本当は貧乏なんじゃねーの」。急にトーンが下がった車内の雰囲気を察して山本が自信ありげに、「大丈夫です。ま、とにかく家に行きましょう」と言い、それを受けて、宇田が「お前家に着いたら素直になれよ」と黒田さんの脇腹に蹴りを入れた。