骨折をした足のリハビリも進み、やっと退院をすることになりました。
足のリハビリと言っても、義母は歩けるようになったわけではないので、車いすに乗り、ソーシャルワーカーさんの奨めで、介護タクシーを使って、病院から直接、入居する施設に向かいました。
ここで、入院していた病院への愚痴を…。
事前に、退院時の洋服を届けておいたのにもかかわらず、迎えに行きますという時間になって、看護師さんが「洋服は…?」と聞きに来るし、退院時に処方される薬も用意されていなかったので、介護タクシーを待たせてしまうことになってしまいました。
この病院の看護師さんは、看護師さん同士の連絡・報告が徹底されていませんでした。
洗濯物などを届けに行く度に、異なる看護師さんが前回と異なることを言う…ということはよくありました。
文句の一つでも言いたいときもありましたが、例え言っても、義母にいいことはないかなと思い、最後まで言うことはありませんでした。
入居は、暑い季節でした。
施設に着いてから、汗だくになりながら荷物を降ろして、施設のロビーに運び込みます。
衣類、トイレットペーパー・ティッシュペーパーなどの消耗品、室内に置くテレビや時計…。
その時、すでにコロナ禍でしたので、荷物はロビーでヘルパーさんに預けて、部屋に運んでもらいました。
そこまで来たら、もう安心の一言でした。
体調が崩れるようなことがあっても、訪問のお医者さんが診てくれるし、常駐の看護師さんがいるので、私があれやこれやと頭を悩ますことはないだろうと…。
やっと、ここまで来たと…。
しかし、ロビーで、施設長さんやヘルパーのリーダーさんを待っているときでした。
義母が突然、こんなことを言い出しました。
「こんなお金の高い所、いつまでも入ってられないわ。」と…。
これには、私も、実子である旦那もびっくり。
そもそも、自分でこの施設に入りたいと言ったのだし、義父が入居していた施設と系列のところなので、安くない料金のことも知っていたはず。
どうして今になって、ここは嫌…、他のところに…なんて言い出したんだろうか?
すぐに、
「ここには、お義母さんが入りたいと言ったんですよ。
それに、お義母さんの今の体の状態で、他のところなんて見付からないですよ。」と言いました。
他のところ…
必死に見付ければ、見付かったかもしれませんが、その時は、そんなことをするつもりはありませんでした。
もう、季節が変われば、息子の受験が控えていたし、私も、次から次へと頑張れるはずはありません。
家に帰ってからも、なぜ、そんなことを言い出したんだろうと、旦那と話しましたが、その答えは出ませんでした。
次のところに行ったとして、やっぱりまた戻りたいと言っても、もう戻れないし…。
これは、あとから思ったことですが、お金がかかると言うのは口実で、義母は、うちで私達と一緒に暮らしたかったのかなと思いましたけど、それはまったく私達の選択肢にはありませんでした。
しかし、数日後に、また同じ話が繰り返されることになります。