阿弥陀如来

眞言

おんあみーと
ていせいからうん

阿弥陀如来根本陀羅尼

なうぼう あらたんなう
とらやや なうまく
ありやみたばや たたきゃたや
あらかていさんみやくさんぼだや
たにゃた おんあみーと
あみーとどはんばべい
あみーとさんばんべい
あみーとぎゃるべい
あみーとしっでい
あみーとびきらんてい
あみーとびきらんた
ぎゃみねいあみーと
ぎゃぎゃなうきちきゃれい
あみーと どんどびそばれい
さらばらたさだねい
さらばきゃらまきれいしゃ
きしゃやう きゃれい そわか

合掌


以前にもお話ししたと

想いますが、

お経とは、人生の教科書

で在ります❗

 

お釈迦様が、造られた❗

 

お経は、お釈迦様が、

目の前の人々に説いた 

説法なので在り、

 

亡くなった人にもの申す

物等では、在りません❗

 

僧侶とは、お釈迦様の

お弟子さんで在りまして

その教えを多くの人々に

伝える役目を担った人で

在ります❗

 

又、お釈迦様は、

葬儀や、回忌法要等を

しないと、亡くなった

人が浮かばれ無い等と

は、一切申して居りません❗

 

お墓を造ら無ければ

いけませんとか、

そんな事は一切云って

居りません❗

 

その様な事をしないと

罰当たりで等共仰って

居りません❗

 

死後の世界や来世の


【(後生の一大事)

浄土真宗の親鸞さんは、

後生の一大事を゙説いて

居ります。】



輪廻転生、六道輪廻

は、自分自身の現世

での行いの結果(因果)

で在ると説いて居られ

ます❗

全ては、己の所為で

在ると説いて居られ

ますので❗

 

私が、勤行させて

頂くのは、至らない己

を少しでも正す事が

目的で在ります❗

 

中々難しいので

在りますが❗ 






【偈とは、詩を意味する

言葉で在り、

お経とは、お釈迦様の

お話し、法話、説法の事

在ります。般若心経は

お釈迦様の説法で在ります

のでお経で在ります。


お釈迦様のお経の中の

三部経と云うお経の中に、 

仏説阿弥陀経そして  

仏説無量寿経と仏説

觀無量経謂う

お経が在りまして、

その中で、

お釈迦様は、どんな人で

も阿弥陀如来への一念

信じる心(意)を持てば必ず

やお救い下さると説いて

居られます❗】

私は、真言宗の修行者で

在りますが、浄土宗にも

深く関わりが在りますので


四誓偈が毎朝夕唱えさせて

頂いて居ります❗


四誓偈は

浄土宗の根本経典、

三部経の中の無量寿経の

一部で在ります❗

阿弥陀仏が未だ法蔵菩薩

と云う位で修行を続けて

居られた頃、衆生を救わ

ずにはおかないと云う本願

を起こされて、永い修行の

後その本願を成就されて、

阿弥陀仏と為られ、

どの様な者でも阿弥陀様の

御名を称える者は全て浄土

に往生させて頂ける事を

お説きに為った教えで

在ります❗

 



浄土宗(浄土教)


香偈

 

願我身浄如香炉

願我心如知恵火

念念焚焼戒定香

供養十方三世佛

 

三宝礼

 

一心敬礼十方法界常住佛

一心敬礼十方法界常住法

一心敬礼十方法界常住僧

 

四奉請

奉請十方如来入道場散華楽

奉請釈迦如来入道場散華楽

奉請弥陀如来入道場散華楽

奉請觀音勢至諸菩薩入道場

散華楽

 

懺悔偈

我昔所造諸悪業

皆由無始貪瞋癡

従身語意之所生

一切我今皆懺悔

     十念

 

開経偈

無上甚深微妙法

百千万劫難遭遇

我今見聞得受持

願解如来真実義

 

四誓偈

 

我建超世願 必至無上道

斯願不満足 誓不成正覚

我於無量劫 不為大施主

普済諸貧苦 誓不成正覚

我至成佛道 名声超十方

究竟靡所聞 誓不成正覚

離欲深正念 浄恵修梵行

志求無上道 為諸天人師

神力演大光 普照無際土

消除三垢冥 広済衆厄難

開彼知恵眼 滅此昏盲闇

閉塞諸悪道 通達善趣門

功祚成満足 威曜郎十方

日月戢重暉 天光隠不現

為衆開法蔵 広施功徳宝

常於大衆中 説法獅子吼

供養一切佛 具足衆徳本

願恵悉成満 得為三界雄

如佛無礙智 通達靡不照

願我功恵力 等此最勝尊

斯願若尅果 大千応感動

虚空諸天人 当雨珍妙華



本誓偈

弥陀本誓願 極楽之要門

定散等回向 速証無生身

         

南無阿弥陀仏

    十念



合掌


誤字脱字、意味不明

纏まりの無い文章、

又足り無い処が在る

と想いますが、

お赦し下さいませ、


孤の仏教修験者


鴉天狗👺