節約できないダメダメ親子の日常
昨年、理不尽な人事異動をさせられ
どうしても納得出来なかったので
人事異動に至る理由を
人事を決めた責任者に説明してもらったところ
『私情』と『嘘』による人事だった事が判明。
本来なら労基に相談したり
弁護士に相談して
徹底的に詰めたいところですが
大企業の法務を相手に
どんなに正論を問うても
圧で捻じ伏せられそうなので
諦めた。
その結果、うつ病を発症。
私は心を病み
会社を休職することになった。
それでも、
自分の有休を全部使うこと
(労災扱いにしてほしい位)
欠勤の間無収入となることが
私の生活を脅かすことになった。
突然、なぜこうも追い詰められなければ
いけなくなったのか
本当に意味が分からないし、悔しいし、情けない。
今は仕事を続ける以上
詳しく書けないのだが、
本当に悔しい。
この4年間、自らのことは後回しにし
ただひたすら真面目に
会社のため、取引先のため、部下のためと
一生懸命に尽くしてきて
結果として会社に利益も上げてきたのに。
この仕打ちはなんなんだろう。
やってはいけないコンプライアンス違反を
やっている者
虚偽の申請で通勤費を毎月数万単位で詐取していた者
フレックス制を利用し本来の業務をサボっていた者
こんな事をやっていた者たちが
上司の地位に留まり
私はある日突然理不尽に降格させられた。
青天の霹靂だった。
私の周りのものは皆、
今回の人事は絶対におかしいと言った。
上司がついた『嘘』の内容には
それが『嘘』だと証明出来るものがいる。
しかし私は人を巻き込みたくない。
その人の就業を脅かせるような事はしたく無い。
私は地位に拘っている訳では無い。
しかし
嘘や偽りを並べ立て、
私情を挟むような人事があって良いのかと思う。
許せない。
また、このような人事を行うような者を
会社は放置するのか?と思うと
本当に腹立たしい。
会社が嫌いな訳では無い。
その人事権を持つ者が許せない。
パワハラを訴える時効まで2年。
自分の今後もしっかり考えたいと思う。
私が小4の時に引っ越してきた
借家の元実家が
今日解体されていました。
我が家は昔から貧乏暮らしで
ずっと借家住まいでした。
産まれは父の会社の社宅のアパート。
今でもありそうな普通のアパート。
小2でそこを引っ越して
さらに古い2階建てのアパートに。
その時は2階建てでとても嬉しかった。
2回の窓側は兄貴の一人部屋。
私と母はその向かい側。
父は長距離運転手で、その頃は
1週間に一度位しか帰って来なかったな。
それからまもなく2回目の引っ越し。
そこに去年の夏まで父が住んでいました。
40年位かな。
その頃母は40歳くらいだったはず。
今思えば、まだまだ若い父母。
父は仕事一本。
母はパートで食堂のおばちゃんをしながら
ワンオペで子育て。
雨の日も風の日も
毎日8時20分頃に自転車に乗って
30分程先のパート先へ向かい
15時半頃には自転車に重そうなスーパーの袋を
くくりつけて帰ってくる。
アイスを買ってきてくれて居たから
上り坂を必死に自転車をこいでくれてたんだな、、、
と思います。
タバコを吸う母だったので、
帰ってきたら直ぐに台所の換気扇をつけて
テーブルに腰掛けて一本吸っていた。
そこから洗濯物を取込み
夕食の準備。
母は免許を持っていなかったし、
主要道路からは離れたところに家があったので
私が小さい頃は家族揃っての
外食なんてした記憶があまり無い。
私は小さな頃は身体が弱かった。
直ぐに熱を出したり、中耳炎を起こす子でした。
具合が悪くなると、私は物を食べなくなるので
その度に母は『何が食べたい?』と聞いてくれた。
バスに乗っていくスーパーの中の中華屋さんの
焼飯がとても好きだった私のために
母はひとりバスに乗ってそのスーパーに行き
焼飯を買ってきてくれた。
土曜日になると
小さな私をいつも自転車の後ろに乗せ
バスに乗ってそのスーパーに行く。
月に一度は一番キレイな服を来て
1時間程バスに乗って、街へ出かける。
母も普段あまりしないお化粧をして
キレイな洋服を着てお出かけ。
デパートに着いても何を買うわけでもなく
デパートをぐるぐる回って、
レストラン街の食堂で昼食をとり
地下のお菓子売り場の量り売りのお菓子コーナーで
お菓子を買って、その場で焼いているお饅頭を買う。
帰りは、バスに乗るために商店街を歩きながら
夕飯のおかずになりそうな物を少しだけ買う。
帰りのバスの中で母は結局疲れて寝てしまう。
そんな思い出が最近頭をぐるぐると駆け巡る。
自分が歳をとっていく
目に見えるものも、見えないものも
少しずつ新しいものになっていき
古いものは姿を消していき
記憶も上書きされていく
ごくごく当たり前のことなのに
涙が出てくる。
あと何年生きるのだろう。
もっと歳をとれはば
こんなふうに生きてきたことを
忘れてしまうのだろうか?
もう一度生まれ変われるのならば
また同じ人生がいい。
その時はもう少し親孝行でいたい。
私は勉強を頑張って、自分を大事にし
仕事を頑張って少しだけいい暮らしをして
今度こそ息子を喜ばせてあげたい。
今回の私の人生では
まだまだ学べていないことが山ほどありました。
まだまだ自我が強い事が
自分の人生を危ういものにしています。
バカだなって、ホント思う。
もう少し元気になったら仕事復帰しよ。
50数年間生きてきて
どんな時も自分なりに消化して
乗り越えてきた。
何度も中耳炎で鼓膜を破り
痛い思いをしてきたこと。
人見知りが激しいのに
父がギャンブルの為に毎月家に人を呼び
一晩中うるさく遊んでいた事
大事な三輪車を捨てられては拾いに行ったこと
自分だけいつも違う事させられてきたこと
仲良くしていた幼馴染に仲間はずれにされたこと
母が常に兄貴贔屓だった事
家を引っ越すたびに貧乏になっていったこと
母から体罰を受けていたこと
思春期すぎても自分の部屋がなかったこと
学校で私物を盗まれたり捨てられたりしたこと
行きたい高校に行かせてもらえなかったこと
試験中なのにバカ兄貴のせいで
家族会議に参加させられたこと
母に私物を捨てられ続けたこと
希望する就職がダメだと言われたこと
結婚、出産、離婚の経験
兄の借金、父の借金
仕事の人間関係
母の介護、看取り、兄貴の尻拭い、父の世話
小さな事から、ややこしいことまで
親が面倒事に一切関わりたくない人達やったから
結構自分で乗り越えてきた。
人には恵まれて生きてきたとは思うけど
仕事の人間関係だけは、しんどいことの方が
多かった。
嘘ついたり、誤魔化したり、違反したり
そんな事が大嫌いだから
一生懸命頑張ってきた。
でも、この二十年位の間、
時代の変化、会社の組織の変化が大きく
関わる人の数も増えてくる毎に
ズルい人間が増えてきて
我が愛する会社もとうとう
真面目にやってる人が報われない会社になった。
要領よく、上司に半端しないイエスマンが
引き立てられ出世していく構図となり、
私のように それは違う と
声を上げるものは疎まれるようになった。
その結果、不当な理由で人事を降格させられ
誰にも救って貰えず、1人で組織と向き合った挙句、
面倒臭い奴扱いされ、
さらに、同期からは自分の思い込みが激しい出来事を
自分のプライドを傷つけられたからと、
30分に渡り一方的に私を罵倒してきた。
人生50年近く生きてきて始めて挫折した。
自分がこんなに打たれ弱いとは
思いもしなかった。
今までずっと、
どんな時も自分で自分を納得させてきたのに
今回は何故か無理だった。
今、仕事を休んでいる。
復帰しなければ生活出来ないのに。
働きたいけど、脳と身体が拒否する。
頭がぐるぐるする。
診断書も書いてもらった。
私は人としてこの先楽しく生きて行けるのか?
息子の前では元気でいたいけど
今はそれも無理みたい。
息子が寄り添ってくれてる。
私は弱いので死ぬ勇気はない。
わたしも結局ダメな人間だったなと思う。

