私が小4の時に引っ越してきた
借家の元実家が
今日解体されていました。
我が家は昔から貧乏暮らしで
ずっと借家住まいでした。
産まれは父の会社の社宅のアパート。
今でもありそうな普通のアパート。
小2でそこを引っ越して
さらに古い2階建てのアパートに。
その時は2階建てでとても嬉しかった。
2回の窓側は兄貴の一人部屋。
私と母はその向かい側。
父は長距離運転手で、その頃は
1週間に一度位しか帰って来なかったな。
それからまもなく2回目の引っ越し。
そこに去年の夏まで父が住んでいました。
40年位かな。
その頃母は40歳くらいだったはず。
今思えば、まだまだ若い父母。
父は仕事一本。
母はパートで食堂のおばちゃんをしながら
ワンオペで子育て。
雨の日も風の日も
毎日8時20分頃に自転車に乗って
30分程先のパート先へ向かい
15時半頃には自転車に重そうなスーパーの袋を
くくりつけて帰ってくる。
アイスを買ってきてくれて居たから
上り坂を必死に自転車をこいでくれてたんだな、、、
と思います。
タバコを吸う母だったので、
帰ってきたら直ぐに台所の換気扇をつけて
テーブルに腰掛けて一本吸っていた。
そこから洗濯物を取込み
夕食の準備。
母は免許を持っていなかったし、
主要道路からは離れたところに家があったので
私が小さい頃は家族揃っての
外食なんてした記憶があまり無い。
私は小さな頃は身体が弱かった。
直ぐに熱を出したり、中耳炎を起こす子でした。
具合が悪くなると、私は物を食べなくなるので
その度に母は『何が食べたい?』と聞いてくれた。
バスに乗っていくスーパーの中の中華屋さんの
焼飯がとても好きだった私のために
母はひとりバスに乗ってそのスーパーに行き
焼飯を買ってきてくれた。
土曜日になると
小さな私をいつも自転車の後ろに乗せ
バスに乗ってそのスーパーに行く。
月に一度は一番キレイな服を来て
1時間程バスに乗って、街へ出かける。
母も普段あまりしないお化粧をして
キレイな洋服を着てお出かけ。
デパートに着いても何を買うわけでもなく
デパートをぐるぐる回って、
レストラン街の食堂で昼食をとり
地下のお菓子売り場の量り売りのお菓子コーナーで
お菓子を買って、その場で焼いているお饅頭を買う。
帰りは、バスに乗るために商店街を歩きながら
夕飯のおかずになりそうな物を少しだけ買う。
帰りのバスの中で母は結局疲れて寝てしまう。
そんな思い出が最近頭をぐるぐると駆け巡る。
自分が歳をとっていく
目に見えるものも、見えないものも
少しずつ新しいものになっていき
古いものは姿を消していき
記憶も上書きされていく
ごくごく当たり前のことなのに
涙が出てくる。
あと何年生きるのだろう。
もっと歳をとれはば
こんなふうに生きてきたことを
忘れてしまうのだろうか?
もう一度生まれ変われるのならば
また同じ人生がいい。
その時はもう少し親孝行でいたい。
私は勉強を頑張って、自分を大事にし
仕事を頑張って少しだけいい暮らしをして
今度こそ息子を喜ばせてあげたい。
今回の私の人生では
まだまだ学べていないことが山ほどありました。
まだまだ自我が強い事が
自分の人生を危ういものにしています。
バカだなって、ホント思う。
もう少し元気になったら仕事復帰しよ。