7時の朝食後、ホテルの隣にある神社を一人参拝した。
神社総代長になってから、役目柄、他所の神社が気になる。
水祖(ミオヤ)神社と言って水の神で、海賊からも守った由。
昔、尼子一族を救うために山中鹿之助が本土から懇願に来たと言われる。
今日は島前観光である。
朝8時半、西郷港をフェリー“しらしま”で出発。
船から西郷港を見ると、ラッシュなのか人が意外と多い。
フェリーは856人乗りで安定している。
船室は二等で我がツアーは雑魚寝状態での旅。
俺はデッキに出て、いすに座り海を眺めて過ごした。
360度のパノラマに地球の不思議さ、大きさに、物思う。
水平線が丸い!己の小ささもあわせて感じる。
船内には昨日書いた古典相撲のポスターが何枚も張ってあった。
9時40分に菱浦港に到着。
先ずは後鳥羽上皇ご火葬塚を見ながら、説明を受けた。
その時、奇しくも近くに住まわれる、48代目の村上氏が来られた。
村上氏の先祖は後鳥羽上皇の面倒を見たといわれる。
旧庄屋で、現在は宮内庁から火葬塚の管理を命ぜられている。
今日は作業着姿で、墓地の清掃に来られたようだ。
皇族方も多く参拝しておられ、植樹や歌碑が建立されている。
ここは宮内庁の管轄で、落ち葉一枚の持ち出しもご法度。
ここにも天井付きの立派な土俵があった。
その隣が隠岐神社になっている。
隠岐神社は昭和14年に創建され、後鳥羽上皇を祭神として祀った。
鳥居の反対側に上皇の資料館があり見学。
係員の説明では、上皇は付き人は5人位の少人数で流されてきたようだ。
医者、坊様、記録係、身の回りをする人など。
「我こそは 新島守りよ 隠岐の海のあらき波風 心して吹け」
隠岐に来て、新たな意気込みを見せた歌といわれる。
41歳で承久の乱に破れ流刑され、60歳、隠岐で崩御。
昼食後はバスで国賀海岸に向かう。
途中車窓から由良比女神社を見る。
ここは海に面していてイカが寄せてくるという伝説がある。
赤尾展望台で国賀海岸を望む。
その先、牛や馬が放牧してある中を魔天涯へ進む。
その先端は、天気が良いのに、台風並みの猛烈な風!
写真を撮ろうとカメラを構えてもぶれて撮れないほど。
景色は抜群である、海と崖のコントラスト。
次は様々な奇岩が並ぶ通天界へ。
かなりの下り坂を海岸に向かって下りる。
観音岩、通天橋は波で岩がくりぬかれている。
今宵の宿は、海士町のマリンポートホテル。
二次会はスナック“みちくさ”で飲んで歌う。
昔は美人だったと言う、自称69のママさんと鳥取民謡・貝殻節をデュエット。
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