東日本大震災から5年の翌日の新聞。
一面に、花束を海に投げる女性が写しだされた。
津波で命を落とした同級生に捧げる花束だった。
そして、あなたの分まで一生懸命生きますと誓った。
その翌日の新聞に、この写真の説明が載った。
この写真の奥の方に人がうずくまって小さく写っている。
悲嘆にくれて、ただそこにうずくまるだけ・・・。
カメラマンもその姿に、声をかけられなかった、と。
5年目、その日のブログに、寅は奇しくも書いた。
“忘れられない一枚”と題して。
女川病院の高台から被災地の惨状を写した写真。
同行した友人が、俺の背後から写してくれた。
その写真の片隅に、一人の女性がうずくまっている。
眼下に広がる、無残な瓦礫の町に向かって祈っている。
近づいて声など掛けられるものではない。
ジーっと一緒に見つめるだけである。
この震災は、二万近くの人々が被災された。
例えようもない苦難がのしかかっている。
人生が目茶九茶にされてしまった。
そこには二万の悲惨な違った物語があるのだ。
数字で一からげなどに出来るものではない。
神は何ゆえに、罪なき人を、これ程までに叩いたのか!
この世に、神や仏など居るものではない、と思った。
試練というには、あまりにも過酷だ。
人生とは何なのか?
家族とは何なのか?
生きるとは何なのか?
出ない答えに苛立ちがつのる。
忘れてはいけない!・・・が、
忘れなければ生きられない・・・。
都合により、人はそれを風化とよぶのか?
二枚の写真の片隅に、見過ごしてはいけないものを見た。
そして、様々な事が脳裏を去来した。
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