“結婚50年 下天のうちを 比ぶれば 夢幻の如くなり”
昭和15年、岐阜に生まれた男と
昭和18年、茨城県石岡に生まれた女の物語。
二人は高校を卒業後、東京の会社に就職した。
その後、数年を経て、双方の赤い糸が伸びてきた。
二人の実家は、関東北部と中部の山奥である。
彼女の方に、距離に対する抵抗があった。
その距離も、二人の愛が消した・・・かっこいい!
かくして昭和42年、二人は結ばれた。
当時流行った歌は“真っ赤な太陽”“銀色の道”だった。
新居は平塚市のアパートで、下は焼き鳥やだった。
現場は小田原~厚木道路造成工事。
その後、伊勢原市に移り、長男・幹太が生まれた。
東海大学の近くで、大根台団地造成工事。
その2年後、栃木市で長女・美夏が誕生。
現場は東北高速道路栃木インターチェンジ工事。
更に2年後、船橋市で次女・寿枝が生まれた。
現場は国道16号線改良工事だった。
数年後、親が弱りだして、Uターンの破目に。
昭和50年、志半ばで退職し、白鳥に戻った。
親族の会社に専務として入り、郡上高原CCを造成する。
帰郷と同時に、郡上青年会議所のチャーターメンバーになる。
5代目理事長を務めて卒業。
55歳にして、会社を立ち上げる。
平成13年、次女・寿枝が結婚。
平成20年、長女・美夏が片付いた。
長男は、何故か結婚の意志なく、独身を謳歌している。
外孫は、男二人、女二人と元気、元気!
女房は喫茶店を四半世紀営んだ。
その間、ゴルフもやり、津軽三味線も奥義を取得?
10年前から日本舞踊西川流を励み、名取を経て師範に。
親父はソフトボールで年間県内リーグを現役で闘っている。
地元では白鳥神社の総代長に奉り上げられ、悪戦苦闘。
全員が元気なのが何より有り難い!
結婚、銀婚、金婚のビィフォー、アフター写真に歴史を見る。
長い様で早かった!
まだまだ、酒が美味いから・・・。
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