もう少しで、年賀状を買うところだった。

今年の一月に母が他界した事を不遜にも忘れていた。

人様から来る喪中のハガキを見ても気が付かなかった。

何とも罰当たりな息子である。

女房に言われてハッとした。

49日までは、それなりに万事控えていた。

人の噂も75日。

その後の一年、決して喪に服していたとは言い難い。

忌明の前から、肉や刺身を食べていた。

あちこち旅にも出て、酒も沢山飲んだ。

ゴルフやソフトボールの試合も元気にやった。

様々な行事にも積極的に参加した。

喪に服して、万事控えめという意識はゼロだった。

96歳と言う天寿を全うした事が意識を薄めたか?

8年前、皆で米寿の祝いをした。

その頃はまだ意識もしっかりしていて本も読んだ。

それはつい先日のような気がする。

想えば岐阜大空襲の時、母は寅の手を引いて逃げてくれた。

それがなければ70年の人生はなかった。

人生なんて僅かの差で、大きく転換する。

空襲で焼き出され郷里・白鳥に戻った。

18歳の時に東京に出た。

35歳で再び故郷に戻った。

40歳の時に、親父(66)を見送った。

75歳にして、母(96)と永久の別れ。

過ぎ去れば総てが感謝である。

慌ててハガキを買って、出し終えた。

静かな正月になりそうだ。

 “母の部屋 そのままにして 一周忌” 寅次郎

mocyu


ryosin

にほんブログ村 オヤジ日記ブログ ちょい悪オヤジへ
にほんブログ村 上をクリックして 寅のランキングUPにご協力ください!