昨年の6月、長良川堤防を散歩中発見した。
橋名板が消えていた。
当時は窃盗団があちこちでかっぱらっていた。
ところがここは取られる前にはずしたと言う事だった。
だが、はずしたのはいいが、その後1年有余そのままだった。
いかにもみすぼらしい景観だ。
橋名板のない橋の風景は死んでいる。
たかが小さな橋名板であるが、それは気の抜けたビールだ。
知事は清流長良川を謳うが、そこには清流の香はない。
国交省管轄の白鳥から八幡までの橋は、橋名が無い。
名前を抹消してそのままだ。
一昨年、白鳥神社では屋号を売り出した。
神社の御神木である大欅の枝が枯れる。
その枯れ枝を利用して、それに屋号を彫り込んで売りに出した。
かなり売れて、なお継続中である。
屋号はその家の歴史であり、存在価値であり、誇りでもある。
親しみがあり、愛着が感じられる。
表札は個人の名前、屋号は家の名前。
残念ながら、その認識が薄れつつある。
個人情報?
その内に、表札すらなくなるかもしれない。
いや現に、マンション、アパートにはない処がある。
部屋の番号だけである。
国民総マイナンバー制?を自ら演じている。
味も素っ気もない世の中になりつつある。
話は横道にそれた。
ご神木で橋名板を作り、役所にお願いをして、はめ込んだ。
聞くところによると、東濃地方では陶器でやってるらしい。
それぞれ、地域の特性、情報発信だ。
全国一律、金太郎飴では、一億総活躍何とかになっちまう。
活躍しろ!=競争に勝て!と聞こえてしまう。
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