父が亡くなったのは昭和55年11月。
翌年冬は、累計積雪9m45cmの豪雪となった。
各地で道路は麻痺となり、自衛隊の出動となった。
年末から2週間ほど降り続いた。
休む事は許されない、除雪の毎日だった。
我が祖父の家は、庇が折れ込んだ。
平屋であり、家を掘り出す状態だった。
近くの高校体育館は鉄骨だったが見事潰れた。
屋根雪降ろしは一軒10万円の高値だった。
移動は総て二本の足!
車など何の役にも立たなかった。
56豪雪、“親父に見せてやりたかったなー”
何故かそう思った。
除雪は親父の仕事だったからだろうか?
今年一月、母が逝った。
昨日までの累計積雪量は10m42cmとなった。
親父の時の56豪雪を1m超えた。
56豪雪は、雪の処理が追い付かず、大混乱だった。
今年は断続的な降雪で、処理はしやすかった。
故に、豪雪のイメージは薄かったのだろう。
母が除雪している姿は記憶にない。
どんなに雪が積もろうが関係なかった。
すべて、頑健な親父がやったから。
母はひたすら、断ち版に向かい、和裁一筋だった。
高齢になり、雪道で転んで骨折入院。
これが、痴呆に向かう引き金になった。
二つの豪雪に合せるように逝った両親。
忘れ得ぬモノとなった。
親父より35年長生きした母。
“遅かったなー”
向うで親父が迎えている頃だろう。
大雪の話でもしながら・・・寅次郎

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