通夜に平服で行く人が居なくなった。
通夜は本来、とるモノも取りあえず駈けつけたとされるモノ。
それを礼服で行くのは、亡くなるのを待ち構えていたとされる。
喪主、遺族より華美であっては失礼。
これが本来の礼儀だとの事。
お坊さんは正装ではない。
寅も、昨年ごろまでは平服で出たが、周囲の目がおかしい?
あの野郎は座知らずだ、と言った目つきだ。
最近は、不本意ながら迎合してしまった。
今の葬儀告別式は約一時間である。
何とも、簡単な淋しい別れである。
昔は葬儀の前日に親戚縁者、町内会が出て、全ての準備をした。
まずは、当家の家財道具の方付けから始まる。
会場の準備、祭壇に飾る総てを手作りだった。
それを作りながら、故人の在りし日を語ったもんだ。
それが供養であったと思う。
そして、コミュニケーションの場でもあった。
従って、葬式と言えば二日間は出たモノだ。
今それが、全て商業ベースに乗り、お金で短時間に済む。
死人まで商売の対象になるご時世だ。
30年ほど前か、親父の葬式の写真があった。
輿かきは、白装束にはかまで、草鞋を履いている。
親類縁者が勢揃いで、送り出していただいている。
今は、こうした写真すら撮らない。
便利と言えばそれまでだが“供養”の二文字は消えた。
便利に負けて、心が薄らいでゆく。
♪流れる水に比むれば、夢恥ずかしき涙かな
悲しむなかれ我が友よ、旅の衣を整えよ・・・。
せめて、これ位の気持ちで送りだしたいモノだ。
梅雨時は、話まで湿っぽくなりゃがる。
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