昭和48年に弟が調べ始めた。
昭和61年、それを基に、愚生が追跡調査。
西暦1800年頃(約220年前)まで判明した。
11代将軍・徳川家斉の時代である。
1830年に二代目・瀬木茂右衛門が誕生。
茂右衛門→辰之助→為助→花子→重瀰→幹太と続いている。
幹太から数えると6代前までさかのぼれる。
6代と言えば、2,4,8,16,32,64人の親がいる。
解っているだけで、64人の血が流れている事になる。
先祖とは何とも不思議な感じのするものだ。
調べ始めた当初は個人情報法の規制等なかった。
役場で、何処の家の謄本でも¥50位で入手できた。
その後は、閲覧のみが可能となった。
今では、他家の謄本を入手する事は出来ない。
白鳥は、過去において大火が頻繁に発生している。
各々の菩提寺も焼けて、過去帳は消滅している。
残念ながら、これ以前の事は現段階では解らない。
これ以前は推測であるが、記してみる。
瀬木と言う姓は、郡上八幡7代城主青山公の配下にいる。
青山家家臣由緒書に瀬木満右衛門、瀬木輿三右衛門等がいる。
残念ながら瀬木茂右衛門が見当たらない。
瀬木姓は現在、高山市に多く見られる。
青山の前の藩主・金森公は郡上に来る前は、高山藩主だった。
家来で郡上に来なかった人が残ったのであろうか?
この家系図以前のカギは高山市にあると思う。
調べたいと思うが、果たせないでいる。
お盆には先祖か帰ってくる。
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