8時前に旅館竹正を出発。円空仏のある片田三蔵寺へ。
この寺は志摩地方で最古のお寺とか。
真言密教の祈祷寺として栄えたらしい。
ここに円空力作の一つである観世音菩薩像がある。
高さ156cmと大きい。
像の頭部背面に掘り抜きがあり、仏舎利に見立てた石が紙に包まれて入っているらしい。
志摩に逗留したのは1674年頃で彼が43歳の時である。
この2年前の1672年5月に、白鳥の長滝で十一面観音を彫っている。
近い年月で、長滝と志摩は繋がっている事に驚きを覚える。
彼は何を感じて、300km近く離れた志摩に赴いたのか・・・・。
白山信仰と伊勢信仰の繋がりが、どこかに隠されている様に感じる。
続いて円空が残した貴重な仏像画を拝見する。
円空は大般若経600卷の修復に志摩に来たとされているが・・・。
大般若経の表紙の裏打ちとして、54枚の絵を書いて貼り付けた。
明治になり三蔵寺が衰え、片田漁協がそれを買い戻し保管。
この後、立神薬師堂の修復もして、そこには130枚の絵が残されている。
いずれも、後の宗像志功の絵がそっくりなのに驚く。
宗像は円空に学んでいるのは間違いない。
大般若経の第62巻目に歌を書き残している。
「イクタビモ タヘテモタルル 法ノミチ 九十六オク 末の世マテモ」
歓喜沙門
歓喜沙門とは円空の号である。
この号を使ったのは、二回のみと言う。
この絵を描いた時と、荒子観音寺で仏像を作り終えた時。
これらの絵には、多くの落款が見られる。
円空が船に乗った図柄である。
貴重なモノを見る事が出来た。
これを管理して見えるのが“9人役”と言う地域の人々での組織だと聞いた。
これらは、卷毎に箱に納められ、ナフタリンが沢山置かれていた。
貴重な文化財が、漁協のモノであると言うのも、我々山賊には異質に感じた。
白鳥で十一面観音を彫って、志摩に来て多くの絵を描き残した・・・。
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