K村氏逝く、74歳。
東京に出て、2年目に出会った人である。
2歳年上の土木屋で寡黙な人であった。
酒はそんなに強くはなかったが面倒見の良い人だった。
怒る事はせず、静かで温厚なお人柄であった。
愚生とはまるっきり正反対の人である事が良かったのか・・・。
昭和36年、東京に首都高速道路建設が始まった。
首都高1号線芝浦工区でいろいろと教わった。
翌年には東海道新幹線神奈川工区でもご一緒した。
日本が急成長をする時期、その最先端を行く現場だった。
そんな自負もあり、仕事に生甲斐を感じて、がむしゃらであった。
酒も良く飲んだが、運動も良くやった。
野球が盛んで、一緒にプレーした。
ある時、別々のチームとして戦った。
愚生が捕手で、K村氏が3塁から猛然と本塁へスライディング!
クロスプレーで激突!タッチアウト!
が、K村氏は起き上がらない?
骨折して、おう吐が始まり、びっくり!
その後、現場をご一緒する機会はなかったが、出会いはあった。
新幹線現場にいた者で組織した“新幹線会”は今も続いている。
年に一度ではあるが、全国から集まってくる。
そこでゴルフも競ったが、ここ数年前から、出来なくなった。
ゴルフと言えば、K村氏が亡くなった事を知らず、その日、俺はゴルフをやっていた。
何だか落ち着かず、大荒れのゴルフで、今年ワーストの105であった。
その夜、懇親会でも異常なほどに酒を飲んだ。
家に帰り着き、その訃報に接した。
「そうだったのか・・・・・」
思えば、去年の11月、伊豆大仁での酒盛りが最後だった。
青春の思い出を語れる人が、又一人減った。
自分の青春も消えてゆく様で淋しい・・・。
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