素晴らしい本に出会った。

寅の読書は、睡眠薬代わりの時が多い。

読み始め、最初は、何となく複雑で難しかった。

ところが後半は、一気に読んでしまった。

眠気どころか、涙さえ出てきた。

前半が難解だったので、再度、読み直した。

二度とも後半は、心揺さぶられ眠れなかった。

“蜩の記”とは・・・秋谷は言う。

「夏が来ると、このあたりはよく蜩が鳴きます。

とくに秋の気配が近づくと、夏が終わるのを哀しむかのような鳴き声に聞こえます。

それがしも、来る日一日を懸命に生きる身の上でござれば、日暮しの意味合いを籠めて名づけました。」

秋谷が主人公ではあるが、はみんなが主人公に感じた。

特に、身分も学問もない小作の倅・源吉。

飲んだくれの父親に代わり、母と幼い妹を支え、日夜働く。

暮らしは貧しいが何とも明るく、心豊かだ。

そして身分は違うが、秋谷の息子・郁太郎の親友だ。

百姓の倅なのに、武士以上に武士らしい少年だ。

源吉は冷酷な郡役人から過酷な拷問の末、命を落とす。

ここから物語は大きく動き出す。

夜が更けても、ページは止まらない。

郁太郎が、親友のかたき討ちに出かける。

それを、庄三郎が手助けに向かう。

「行って下さるか、かたじけない」と秋谷は庄三郎に静かに告げる。

男同士の見事な、信頼の絆だ。

郁太郎が父親・秋谷に自分の無謀を詫びると

秋谷は、「友の為になしたる事、武士として何の恥じる事はない、

わしはそなたを誇りに思うぞ

普通は寡黙な親子だが、かくも気持ちがつながっているとは・・・。

決して言い訳をせず、自分の信念に従い、そして死をも受け入れる。

何と美しく、強い日本人たちよ!

遠い我々の祖先の清々しい生きざまに、感動の涙である。

「人が生きる、とは何なのか?」

人生の終盤に差し掛かった寅も、価値観が揺らいだ。

 「そのひぐらしの記」のブログを恥じる 寅次郎


「ぎゃくてんの寅」-higurasi1


「ぎゃくてんの寅」-higurasi2  
にほんブログ村 オヤジ日記ブログ ちょい悪オヤジへ
にほんブログ村 上をクリックして寅のランキングUPにご協力ください!