“真道大青教”白鳥道場のご神体を拝見した。

永年外観は見て来たが、御本尊は恐れ多いと見てこなかった。

“来てみれば、左程の事無き富士の山、釈迦や孔子も、かくやあるらん”

見てしまって、不遜にも、ふと、この歌を思い出した。

実に質素なものである・・・それ故に尊いのか。

写真に納めたが、ここでの公開は慎むことにした。

この道場、最近10年位の変遷を調べていて、次の文章が日記にあった。

「1999年10月31日 “大青教 秋の礼祭”

弟達が早朝から準備してくれて、滞りなく礼祭は終わった。

直会で祭司の佐藤先生が、大青教のルーツの一部を話された。

当時(戦前)、神道13派、仏教53派が認められていた。

その中で、大青教は無許可で立ち上げたものだから、当局に捕まった。

1年6ヶ月の懲役となり、獄舎で経典を作り上げたとの事。

元祖先生と、NO,2である祖父・昭元との出会いを聴いたが、あいまいな答えだった。

しかし犬山・入鹿池にある総本山の造成は、大半が祖父・昭元が成したと聞いた」

当時、重機械はなく、総てが手作業であったろう。

この事は始めて知った。

戦後の混乱期は“信心・加持・祈祷”で人を導いていた。

数年前、参拝者の、ある長老曰く。

「親鸞が仏教を広めた頃は、無学文盲の者が多く、布教には左程の困難はなかったのではないか。それに比べ、教育水準が上がり、情報が溢れる昨今、時代のニーズに合わないと無関心となる。宗教とて不変のものではない。今は、むしばまれた心の修復みたいなものが必要になりつつあるのではないか」と。

物で栄え、心で滅びる時代と言われて久しい。

時代にあった宗教が必要になってくるのではないか・・・。

御神体を拝見して、宗教のあり方を少し考えた。

          年老いてきたのであろうか 寅次郎
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