この大震災で、宮沢賢治の“雨ニモマケズ”がクローズアップ。
この詩が、大震災を励ましているのは勿論である。
しかし、それだけではない要素があるみたいだ。
彼が生まれたのは1896年(明治29年)。
この年に「三陸地震津波」が発生、≒22,000の死者が出ている。
そして彼が亡くなったのが1933年(昭和8年)。
この年に「三陸沖地震」が発生し、≒3,000人の死者行方不明者。
誕生の年と最期の年に大災害が起きている。
天候と気温を憂慮し、自然や農業を愛した賢治に、何かを感じる。
37歳の短い生涯も又、痛ましさを覚える。
この詩を、自己流文字で書いてみた。
トイレに貼り付けて、毎日読んでいる。
娘が小学二年の孫と一緒に覚えようと、宿題の傍ら音読している。
この詩の中に、教わる事が沢山盛り込まれている。
小二では、詩の総てを理解は出来ないだろうか・・・。
大災害と共に、宮沢賢治が警鐘を鳴らしている様にも感じる。
だらしなくなった日本人に対し・・・・。
「大津波ニモマケズ」
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