従弟の葬儀で、一つ覚えた。
人は死ぬと、西方浄土へ“旅立つ”とよく言われるし、言ってきた。
仏教では“旅立つ”とは言わないと、ご導師は言われた。
“帰る”と言う・・・何処へ・・・弥陀へ。
人間が帰るべき本当の生まれ故郷というか、本国は、“弥陀”が本国。
本国というのは出身地という事で、そこへ帰るのが人間の死であると言う。
故郷はやはり遠くにあるものの様だ。
そして、何れの日には、娑婆を出でて、行く先が“弥陀”と言う故郷らしい。
“死“と言うものを悲しませないように、と言う仏さまのご配慮か?
葬儀の行われた善照寺無量寿堂には、高さ4m余のお骨仏が安置してある。
ここで亡くなった方25,000体の骨で作られたと言う。
“私の命が帰ってゆく処”ここに来れば、また会えます、とも言っている。
日頃、疎遠にしていた、いとこや、その家族が集まった。
葬儀が終わり、魂は弥陀へ、白骨は当家に戻り、仏壇に安置。
みんなで読経した後、昔話に花が咲いた。
当人が好きだったと言うのを理由に、酒も少し頂いた。
子供達も立派に成長し、家族を作り、新しい命を誕生させ、育んでいる。
悲しい中にも、明るい供養の一時が過ごせた。
これも、当人の生前の仁徳のなせる業か。


