たまには真面目で面白くない話でも・・・。
「四ノ小区」この四文字は白鳥神社、秋の祭礼の幟旗に書いてあった。
自分達が奉納した幟旗の近くにあった。
調べてみた。
明治5年、時の政府は、それまでの村の庄屋制度をなくした。
代わって、美濃の国を12グループの大区と、175の小区に分けた。
郡上郡は「第九大区」となり、その下を12の「小区」に分けられた。
白鳥は「第九大区」の中の「四ノ小区」と相成った。
「四ノ小区」は中津屋村、大島村、為真村、白鳥村、他七村とあり、計11村である。
お宮の旗には、白鳥、為真、大島、中津屋、剣、五町、瀬取、神路、河辺、徳永とあった。
旗と比べると、一つ抜けている。越佐であろうか? 総て長良川沿いである。
北濃方面は「五の小区」、牛道方面は「六の小区」となった。
その後、明治30年に町村合併で郡上郡は1町16村となる。
我が白鳥町の近隣では、
上保村~白鳥、中津屋、大島、為真、越佐。
牛道村~野添、恩地、西多、六ノ里、那留。
北濃村~長滝、向小駄良、二日町、歩岐島、前谷。
昭和31年に、白鳥町、牛道村、北濃村が合併して白鳥町に。33年に石徹白が加わる。
平成16年郡上郡7ケ町村が合併、郡上市となる。
「四ノ小区」とは住所だったのだ。
美濃の国第九大区四ノ小区白鳥村白鳥1,061-6土建屋寅次郎宛、で手紙が来たのか。
今は501-5121で来る。
更に今、住所がなくても携帯で通じるから恐ろしい・・・。
明治から、百有余年の間に、激しくチェンジしている。


