このお話もいよいよ佳境に入ってまいりました。


この回、ついにこの物語の核心となる真の親子愛が描かれます。


読者の皆さんはハンカチのご用意をお願いします。


パイル地のミニタオルなら、なおよいでしょう。(^ω^)


涙もろい方は事前の水分補給を心がけ、脱水症状にお気をつけください。




【登場人物】


【原作】裸足の大将 放浪日記 第1話 設定資料
http://ameblo.jp/toraji-com/entry-10173606845.html



【おはなし】


以下の続き。


【原作】裸足の大将 放浪日記 第1話 その6
http://ameblo.jp/toraji-com/entry-10175873836.html




◇ 旅館「東野」の男用の露天風呂。


服部 「そこが分からんのだよなあ。


とん吉よう、いいかあ。


おめえも知ってるようにだなあ。 俺にはよぉ、今年18になる娘がいるわけよ。」


とん吉 「まぁた、絵里ちゃんの話ですかい。」


(とん吉の話を聞いていない服部さん。勝手に思い出話を始める。)


服部 「俺はよう、もともと住む家もねえ、けちなチンピラでよう。


親元飛び出してから、一度もマトモに定住したこともなかったんだよ。


それが今のかみさんに出会ってよう。


遊び半分で付き合ってたのが、運のツキよ。


ある日、ひょっこり、ガキが出来ちまいやがってよう。


そしたら、あいつが産みてぇなんていいやがるもんだからよう。


おりゃあ、ガキなんぞ、興味ねえからよう。


『そんなもん、いらねえ。今すぐ『堕ろして来い』て言ってやったんだよ。


けどな、かみさんもしたたかなもんでよう。


『もう堕ろせないの』なんて言いやがんだ。


しかたがねえからよう、産ませることにしたわけよ。


そしたらよう、かみさんの腹が日に日に大きくなってきやがってよう。


そのうち、俺もその気になってきてよう。


かみさんの腹に耳当ててみたりしてよう。


人並みに、男か、女か、なんてなこと、賭けてみたりしてよう。


おいおい、俺もわりとマトモな暮らしをしてるじゃねえかってよう。


でな。そしたら、ある日、かみさんが産気づいちまってよう。


慌てて病院に連れていったわけよ。


それで、廊下、うろうろしてたら、病室から、赤ん坊の泣き声がしてよう。


いよいよ産まれたゾと思って、看護婦さんが出てくるのをずっと待ってたんだよ。


その時間の長げぇことよう。


それから、ようやく看護婦さんが出てきてだなあ、『女の子ですよ』なんて言いながら、生まれてきた赤ん坊をだな、俺に見せてくれたわけだよ。


そしたら、おめえ。


こんな、ちっちぇえ、猿のシロップ漬けみてえのがよぉ、看護婦さんの懐で、ぎゃあぎゃあ言って、泣いてやがんだよ。


それから、抱っこしてみりゃあ、これがまた軽いんだ。いくらもありゃしねえ。


けどよう、そのちっちぇえのが、ちゃんと生きてるんだよ。


『これが俺の娘かぁ。』


そう思ったらよう、急に胸が熱くなってきてよう。


そうやって、おりゃあ、あの子を、絵里子を授かったんだよ。


(遠い目をする服部さん。


しばし、間を置いて。)


それからな、しばらくして、うちに帰ってだなあ、親子三人の暮らしが始まったわけよ。


けどよう、夫婦そろって、子育てなんぞ、右も左も分からねえからよう。


毎日毎日が失敗の連続でよう。どうしたもんかと思ったモンだよ。」


とん吉 「そら大変でしたね。」


服部 「おおよ。それでよう。


冬の寒い夜によお。 雨に打たれて、帰ってきて、玄関のドアを開けりゃあよう。


オレンジ色の灯りが灯って、湯気がぽわっと立ち上ってよう。


かみさんが味噌汁を作ってんだよ。


でなあ、部屋に入ってみりゃあよう。


こォんな、ちっちぇえ、おもちゃの戦車みてえなのがよう。 キリキリいいながら、こっちに向かって這ってくるじゃねえか。


そりゃあ、もう、かわいいってもんじゃねえよ。


けどよう、そのかわいい娘を抱っこしちまったらよう。 何だか急に仕事をし足りねえ気がしてきてなあ。


女房に熱いコーヒーを一杯いれさせてよう。それをキューッと飲んでだなあ。


抱き足りねえ気持ちをぐっと抑えて、また集金に行ったりしたもんだよ。」


とん吉 「へえ、そんなもんですかね。」


服部 「そうだよ、おめえ。 それが世の親ってもんだよ。


それからよう、絵里子も、あっという間に大きくなって、幼稚園に入って、小学校に入ってよう。


ようやく手間がかからなくなったと思って安心してたら、ある日、大風邪引いて、ふーふー言いながら寝込んじまってよう。


そのうち、顔がパンパンに腫れてきてよう。こりゃあ大変だと思ってよう。


夜中に娘を担いで、病院に行ってみりゃあ、あの恐ろしい『おたふく風邪』だってえじゃねえかよ、おめえ。」


とん吉 「覚えてますよう、あんときのこたあよう。


人がうちでぐっすり寝てたらよう、夜明けに、誰かが、ガンガン、玄関、叩くもんだからよう。


何かと思って、玄関、開けてみたんだよ。


そしたら、いきなり、アニキが飛び込んできてよう、三下の俺に土下座して頼み込むじゃねえかよ。


『絵里を助けてくれ。死んじまうよ。頼む』ってよう。


何ごとかと思って、話を聞いてみりゃよう、要するに、ただのおたふく風邪じゃねえか。 馬鹿馬鹿しい。


(一瞬、間を置いて。)


あのねえ、アニキ。


おたふく風邪なんてもんはよう、子供だったら一度は誰だってかかるもんなんだよ。それを、いッちいち、大げさによう。」


服部 「おめえなあ。そういうけどよう。


おたふく風邪ってのはよう、ホッントに恐ろしい病気なんだぜ。


正式な病名を『流行性耳下腺炎』って言ってよう。耳の下のリンパ腺に雑菌が入って、顔がパンパンに腫れちまうんだよ。


でなあ、俺が真夜中に駆け込んだ病院でよう、医者の先生に聞いたらよう、症状が重くなると、後遺症で耳が聞こえなくなる子供もいるってえじゃねえか。


俺の絵里子がそうなっちまったら、どうすんだよ。」


とん吉 「それも、まず起こらねえぐれぇ、稀な話なんでしょ。」


服部 「稀だろうが何だろうがよう。起こっちまったらどうすんだよ。」


とん吉 「けど、アニキよう。だからって、俺たち、大の大人が三人がかりでローテーション組んで、治るまで24時間体制で看病するこたぁねえじゃねえですか。」


服部 「いやいやいや。


今だからこそよう、俺も笑い話みたいに語れるけれどもよう。


ホントにおりゃあ、あのときは生きた心地がしなかったもんだよ。


(少し間を置いて。)


しかしなあ。


俺は、あのとき、おめえらがよう、何だかんだ言いながらも、最後まで付き合ってくれたこたあ、今でも忘れやしねえぞ。」


とん吉 「だって、しょうがねえじゃねえですかい。


アニキが血が出るほど額をうちの古畳にこすりつけて頼むんだからよう。 ホントに額から血が出てやがんだもんよう。


(少し間を置いて。


ややしんみりとして。)


だがね、アニキ。


今だから、俺も言うんだけどよう。


おりゃあ、あのときのアニキの親バカぶりを見てよう、こう思ったんだよ。


『このひたぁ(この人は)、なんて親バカなんだ。 この広い世の中においても、こんなバカな親ぁ、見たことがねえ。


けど、こッんなに娘のことを大事に思う親心のある人だったら、その傘に入れてもらえば、俺みてえなどうしょうもねえチンピラでも、ホントの家族みてえに大事にしてくれるんじゃねえか』ってよう。


おりゃあ、生まれてこのかた、親の顔も見たことがねえからよう。


それで、そこの蛾邪郎とふたりで話し合って、心を決めて、地元じゃあ『人柄の服部』として知られるアニキに、これからずっと世話になろうと思ってよう。


それで、アニキに兄弟の杯を下ろしてもらったんだよ。」


涙ぐんで、深く頷く蛾邪郎。


服部 「おめえら。あのとき、そんな話をしてたのか。そりゃあ、今日まで知らなかったぜ。


・・・そうだったのか。」


深く頷く服部。


とん吉 「けどよう、それでアニキから杯いただいてみりゃあよう。


その後も、絵里ちゃんに何かあるたびごとに、いちいち呼び出されるじゃねえか。


アニキ、覚えてますかい。


絵里ちゃんが中学に入って、初めて彼氏が出来たときのことをよう。」


服部 「おめえこそ、また昔の話を蒸し返すじゃねえかよ。」


とん吉 「冗談じゃねえですよ。


またいつもの親バカで、アニキがおろおろしてよう。


『このままじゃあ、うちの絵里子が食い物にされちまう』ってよう。


『大丈夫だ』ってぇのに、俺に、男の身元調査をさせてよう。」


服部 「だって、どこの馬の骨かも分からなかったんだからよう。」


とん吉 「どこの馬の骨も何も、ただの中学の先輩だったじゃねえですか。


白川君でしたっけ、そう言ってんのに、身元が分かったら分かったで、今度は、俺と蛾邪郎に交代で、そのふたりの張り込みをさせてよう。」


服部 「お前なあ、そうは言うけどよう。


中学生だぞ、中学生。


お互い、よく分からねぇまま、事が運んでよう。10代で孕まされたらどうするんだよ。」


とん吉 「まーぁたく、だからアニキは心配性だってんだよ。」


服部 「いやいやいや。


要ォするに、世の親御さんってえのはよう。そうやって、自分の子供を、苦労して、苦労して、育ててるってことだよ。


そうやってな、親が子供を手塩にかけて育てることでだなあ、子供も全うな人間に育ってくれるもんなんだよ。


そうだろ、おめえよう。


(一息ついてから。)


まあ、話は長くなっちまったがよう。


これでよう、おめえも、なんで、俺が、あのオヤジにこれだけの額を提示したか、


(服部が両手を下に伸ばして、けっこうな数の指をパッパッと伸ばしたり閉じたりする。)


よおく分かっただろ、納得しただろ。」


とん吉 「だからよう、アニキ。 おりゃあ、何度も言ってるじゃねえですかい。


おりゃあ、別に、アニキの親心が間違ってるって言ってんじゃねえんですよ。


そうじゃなくて、問題は、あのオヤジが、アニキほど、子煩悩じゃねえって言ってんですよ。」


服部 「けど、おめえよう。」


それでも納得しない様子の服部さん。


とん吉 「それよりね、アニキ。


アニキはそうやって、自分の子育てのことをあれこれ仰いますけどね。


そのアニキの行き過ぎた子育てもよう、結局は、間違ってんじゃねえんですかい。」


服部 「何が言いてえんだよ。」


とん吉 「実はね。


昨日、この旅館に来たあと、たまたま用事があって、久しぶりに街に出たんですよ。」


服部 「おう、それがどうした。」


とん吉 「そしたら、アニキよう。


向こうから、えッれえ派手な女が歩いてくるじゃねえですかい。」


服部 「ほう。」


とん吉 「それで、『なんだい、このパンパンみてえなのは』って思ったんですよ。


それで、よぉく見たんだ。


そしたら、その女、アニキんとこの絵里ちゃんじゃねえですかい。」


服部 「おいおい、お前ねえ。人の娘、捕まえて、その親の前で、パンパンって言う奴があるかよ。」


とん吉 「それにしても、アニキよう。


いつから、絵里ちゃん、あんなになっちまったんですかい。


ついこの間まで、三つ編にセーラー服を着て、おとなしそうな娘さんだったのによう。」


服部 「それがよう。


さっきの、中学のときの白川君ってえのがよう、この春、高校を卒業して、東京の小さい印刷工場に就職しちまったんだよ。」


とん吉 「はあ。」


服部 「そしたらよう、おめえ、絵里子がよう。 『白川君に逢いたい、白川君に逢いたい』って、毎晩、毎晩、俺の枕元で泣きやがるんだよ。


そうしたら、おめえよう。親としちゃあ、逢わせねえ訳にゃいかねえじゃねえかよ。」


とん吉 「だからって、東京までの旅費を工面してやるこたぁねえじゃねえですかい。


高校生なんだから、文通でもしてりゃいいんですよ。」


服部 「年頃の娘ってのはよう、そうはいかねえんだよ。


『白川君に逢わせてくれなきゃ、この家を出て行く、駆け落ちする』なんて、言いやがるもんだからよう。


それで、仕方がねえから、ある日、娘と一緒に東京に行ったわけさ。」


とん吉 「なんで、あんたまでついて行くんですかい。」


服部 「だって、心配じゃねえかよう。


東京だぞ、東京。若い娘を一人で行かせられるわけねえじゃねえかよ。


それでよう、東京について、ホテルに入ってよう。


『三人で食事でもしようか』と思ってよう、けっこうなレストランを探してたら、いきなり『お父さんはついて来ないで』なんて言いやがってよう。」


とん吉 「まあ、父兄参観のデートなんて、あんまり聞いたことないですがね。」


服部 「だもんで、しょうがねえからよう。 おりゃあ、絵里のあとを、こっそりついて行ったんだよ。


そしたらよう、中学の頃、あんなに真面目だった白川君がよう。 しばらく見ねえうちに、こッんな、グレグレの不良になってやがってよう。」


髪を持ち上げるようにする服部。


とん吉 「あらまあ。」


服部 「ヒッピーだか、フーテンだか、知らねえけどよう。


今、新宿あたりに行くと、そんなのがいっぺぇ(一杯)いんだよ。


こんな髪伸ばして、袴みてえなジーパン穿いてよう。ゲタぁ、カランコロン、カランコロン言わせて、昼間っからよ。


それから、おめえよう。


絵里子の好きなように、毎週、東京に行かしてたらよう、いつの間にやら、あいつまで、すっかり東京の風俗に感化されちまってよう。


で、気がついたら、あんなになっちまってたんだよ。」


とん吉 「ホンっト、アニキは親バカなんだからよう。


(あきれた様子のとん吉。)


まあいいや。でね、話が戻るんですがね。


俺が、その絵里ちゃんに、昨日、たまたま会ったもんですからね、ちょっと聞いてみたんですよ。」


服部 「何をよ。」


とん吉 「『よう、絵里ちゃん。


もしよう、知らねえ男から、これだけのお金くれるって言われたらよう、


(とん吉が、両手を下に伸ばして、服部と同じ数の指をパッパッと伸ばしたり閉じたりする。)


こんな水着、着れるかい』ってよう。


(手で自分の体にヒモのような水着を描く仕草をするとん吉。)」


服部 「そしたら、何だってよ。」


とん吉 「そしたらよう。


『とん吉さん。水着はいらないから、今すぐそのお金をちょうだい。』


だってよ。」


服部 「たッはー。そりゃホントかよ。」


娘、絵里子についての部下のリアルな証言にくらくらする服部さん。



(以下に続く)


【原作】裸足の大将 放浪日記 第1話 その8
http://ameblo.jp/toraji-com/entry-10177229309.html



2008 (c) toraji.com All Right Reserved.


toraji.comの本の目次
http://ameblo.jp/toraji-com/entry-10059286217.html


これまでの全作品リスト
http://ameblo.jp/toraji-com/entry-10153182508.html