その8 からの続き)


その翌日、中学でまた同じクラスになった者から、藤本が市街地近くの中学に通うらしいことを聞いた。その中学というのは、僕たちと同じ一般の学区制の市立中学だった。ある学区から別の学区の私立中学に通学するというのは、普通はありえない選択である。もしかしたら、ご両親がすべての受験に失敗した息子を柄の悪い地元の中学に行かせるのを嫌って、別の学区の市立中学に行かせる手続きをしたかもしれない。


それから、しばらくの間、僕は毎朝、彼のマンションの前を通りながら、通学していた。あるいは、彼に出会うかもしれない、そうしたら話を聞こうと思ったのである。


すると、ある朝、彼のマンションの前から、一台の黒い中型車が出てきた。車が僕の進行方向に向かって右折すると、その後座席には、うちとはちょっと違ったデザインの学生服を着た中学生の彼が座っていた。変わった色の詰襟の学生服を着た彼は青年将校のようだった。しかし、その彼は、僕と一瞬目を合わせると慌てて顔を背け、不自然にこめかみあたりをかきむしるようなしぐさをして、自分の顔を隠してしまった。彼のお父さんは息子の異変に気が付かないまま、車を走らせた。考えてみれば、僕はそれまで2年間、毎日のように彼のうちに行っていたのに、このお父さんを見たのは、これが最初で最後だった。このお父さんがあのネオンテトラを飼っていたのかと冷静に考えたりした。このとき、一秒一秒がそれほど長く感じられた。


僕は彼らの車を見送りながら、ゆっくりと歩いた。車は川嶋病院のところで行き止まり、そのT路地を右折して、市街地の方に向かって行った。僕も同じ道を歩いて行き、同じT路地にぶつかったので、彼らの逆方向に曲がって、自分の中学校に向かって行った。


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