中学の頃、好きな女の子がいたんですよね。

で、ある日、僕は彼女にこう聞いたんですよ。

「君はどういう男が好きなの?」

すると、彼女はこう答えました。

「私は、男の人は、お金持ちでなくても、ハンサムでなくてもいいから、何かに一生懸命に打ち込んでいる人が好き!」

彼女はあだち充の「タッチ」の熱烈な愛読者でした。

それを聞いて、僕は奮い立ちました。ええ、奮い立ちましたとも。というのは、僕にも打ち込んでいるもの、すなわち「考えごと」があったので。

当時、僕は、自分の母親に選挙権がないことを知って、大変むかついておりました。ええ、忘れもしません。一生忘れませんとも。

ところが、彼女はそんな僕のことをなんとも思ってませんでした。今、思えば、単に彼女には見えてなかっただけなんだろうと思うんですけれど、子供心に「どうしてかなあ」と思ってました。


その後、僕と彼女は別々の高校に行きました。そんなある日、僕は彼女と同じ高校に行った男友達に会いました。

で、なんとなく彼女の話になって、彼はこう言いました。

「あいつはうちの高校でめちゃくちゃもててるよ。で、いろんな男と付き合ってる。彼女はサッカー部のマネージャーをしてて、この間はサッカー部のキャプテンと付き合ってたし、今はバンドのギター野郎と付き合ってるよ。」

彼が何で彼女についてそんなに詳しかったのか知りませんが、僕はそれを半信半疑で聞いていました。まあ、少なくとも、サッカー部のマネージャーをしていると言うのは事実なんだろうなと思いました。で、それからしばらくして、ある日、僕は彼女がギターを担いだ背の高い男と手を繋いで歩いているのを見ました。いやー、ショックだったな。見なきゃよかった。


で、その夜、僕はいろいろと考えてみたんですよ。僕と彼らと何が違うのかなと。で、その時点での僕は頭の中でこう考えました。


「サッカー部のキャプテンも、バンドのギター君も、この僕も、何かに打ち込んでいるという点では同じだけれども、彼らと僕には大きな違いがある。それは何かというと、女の子が座って見る客席があるかないかだ。
サッカー部のキャプテンにはサッカーグラウンドの観客席があるし、バンドのギター君にはライブハウスの観客席がある。けれども、僕にはそれがない。だから僕だけ愛されないのだ。」

そして、こうも思いました。

「男には二つの目的がある。ひとつは夢を実現させること。もうひとつは好きな女性と愛し合うこと。そして、男の中には、それを両立させられる男と、そうでない男がいる。彼らは前者で、僕は後者だ。だから、僕は夢と愛を別々に追いかけなくてはならないのだ。」

今思い出すと、要するにもてない男のひがみなんですけど、当時は本当に悩んで、真剣にそう思い込んでいました。


その後、大学に入って、僕は夜な夜な家に閉じこもって、ずっと考え事をしてました。そうして、上京して親元を離れたこともあって、安心してそれを文章に書き出し始めました。

最初は、大学ノートにでも書けばいいのに、作家を気取ってわざわざ原稿用紙に書いたりしてました。

そのうち、どうしてもワープロ専用機が欲しくなって、プリンタと一緒に買いました。で、僕は自分で書いた文章をフロッピーディスクに保存し、プリンタで印刷するようになりました。印刷物になった僕の文章は、とても美しく中身があるもののように思えました。もちろん、今思えば、ただの雑文ですが。

ただ、いくら文章を書いても、ひとつだけどうしても晴らせない不満がありました。それはせっかく書いた文章を見てくれる人がいないと言うことでした。ときどき、2,3人の友達に見せたりするのだけれども、せいぜいその程度で、とても発表の機会が与えられるものではありませんでした。

もし、どうしても文章を発表したければ、プロの作家になるしかない、そのためには文学賞に応募して優勝しなければならない。もしそれに破れたならば、どんなに高くついてもいいから自費出版をしよう。そう思ったりもしましたが、そんなに真剣に目標を追いかける根性もないので、僕は相変わらず細々と文章を書いては、公表もせず、そのままほったらかしていました。


話はそれますが、今思い出したんですけれど、大学時代、僕は唯一自分の作品を世に出しました。そうでした。すっかり忘れていたんですけれど、今思い出しました。

何かと言うと、当時始まったばかりの伊藤園の「おおいお茶!俳句コンテスト」で佳作をとったのでした。これは、当時、書籍になって出版されました。また、僕は、賞品として、お茶缶を2ダースもらいました。で、当時好きだった女性に何缶かプレゼントしました。「薄暗い午後のマリア」には彼氏がいたので、どうにもなりませんでしたけど。


その俳句は、ただの佳作だったんですけど、何故かそのあと、協賛だった集英社から電話がかかってきて、来年の告知用にヤングジャンプに出てくれということでした。で、神保町の集英社に行って、写真撮影して、当時のヤングジャンプに出たのでした。そのときの俳句はどんなものだったのかというと、・・・恥ずかしくて言えません(笑)。当時のバックナンバーを見ると、ヘンな頭をした僕が出ています。当時僕は長髪でした。天然パーマだったので、TV版探偵物語の松田優作のような頭をしてました。懐かしいな。


話は戻ります。


このまま、僕は名もなく死んでいくのかな。大学時代、僕はそんな、他の人にとってはどうでもいい、自分勝手な悩みをずっと抱えていました。

しかし、その僕に、ひとつの奇跡が起こりました。それは何かというと、インターネットの登場でした。これで、僕でも自由に世間に対して発表することが出来る。そう思って喜んだのですが、いざ、そういった機会が与えられてみると、案外、書くことがないんですよね。こりゃ困った。

何かが足りない。下手の道具選びと言うのでしょうか。インターネットと言う万能の武器を与えられながら、相変わらず僕には不満がありました。


しかし、その僕に二度目の奇跡が起こりました。それがブログとSNSの登場でした。

うーん、これはいいですよ。技術的には、なんの新しいこともないけれども、コンテンツのあり方がとても新鮮!

僕が今SNSをやっていて何よりも感動するのは、同じ人に定期的に自分の文章を読んでもらえて、ときどき感想が得られること。


今までこんなことはなかった。たしかに以前ホームページを作っていたときにも、多少の反響はあったのですが、いずれも一時的なもので、SNSの場合のように、日々人間関係が強くなっていくと言うようなものではありませんでした。

今、僕は毎日文章を書いていて楽しい。あしあとを見ていて楽しい。コメントをいただいて楽しい。そのコメントにお返事をして楽しい。他の人の日記を見ていて楽しい。好きな人とお話が出来てうれしい。もう他の娯楽はいらないぐらい。あの日のサッカー部のキャプテンやバンドのギター君が得ていた喜びはこんなものだったのかしら。僕は、今、とても幸せです。みなさんと知り合えてとてもうれしいです。


これが「男子の本懐」というものなんでしょうかね。


みなさん、どうもありがとう。これからもよろしく。

(別のブログからの再掲)