「金田一少年の事件簿」「探偵学園Q」「探偵犬シャードック」「サイコメトラーEIJI」「GetBackers-奪還屋-」「クニミツの政」「シバトラ」「BLOODY MONDAY」「神の雫」「エリアの騎士」などなど、錚々たる作品の原作者であり、「GTO」「シュート!」の編集、そして「MMR」のキバヤシ隊長としても名の知られる鬼才・樹林伸さん。


これらの作品が全て同一人物の手による物だと知った時は、私が「な、なんだってー!?」という気分になりました。


そんな樹林さんが書いている小説。

前々から読みたいと思っておりました。



ビット・トレーダー
樹林伸


大きな金が動く世界に、きれいな場所なんかどこにもありゃあしませんよ


4年前の電車事故で最愛の息子を失った男。
その慰謝料をやけくそで株に突っこみ大当たりした日から、二重生活は始まっ
た。
表の顔は外車のやり手ディーラー、裏の顔はネット株に燃えるトレーダー。
日々、大金を儲けながらも、心は絶望の淵をさまよっていた。
妻とのすれ違い、娘との不和。
そしてついには株の世界でも悪夢が始まる……。

人生も株も「底」を打ったらあとは上がるだけ。
家族の絆を取り戻すため、自らの人生すべてを賭けた大勝負が始まる!
(公式紹介より)



「株」をテーマにした作品。


息子の事故死により、バラバラになってしまった家族。

主人公にも妻にも娘にもストーリーがあり、それぞれに訪れる現代社会の闇部が味となっています。

「ナニワ金融道」や「ヤミ金ウシジマくん」といった作品を彷彿とさせる、様々な欲望の坩堝。

樹林さんの各種漫画作品でも軽く触れられる部分を、もっとどぎつくエグく描いている印象です。


若干テンプレート過ぎる感じもありますが、スピード感とスリルがあり、上質なエンターテインメントとなっています。


私もデイトレードを嗜んでいた時期もあり、株取引に纏わるシーンでは色々と共感を持って読めました。

実在の証券会社の名前や、企業の株価などを使って具体的に例示されるのも面白いです。


実在の名前という意味では、カルティエやリチャードジノリといったブランド品や、カロリーメイトといったような物までそのままで出て来るので、現実感が強いです。


最後まで読み、構成力が流石だなあと思わされました。


私もポルシェで300キロ近く出して走ってみたい!


実写化されてもおかしくないクオリティの作品だと思いました。

専門的過ぎず、誰でも楽しめる範疇に落とし込んであるので気軽に読めます。



70点。




クラウド
樹林伸


玉木つぐみは、社内不倫をしたことが噂になり、出社ができなくなっていた。家で一人でいる間にふと始めたツイッターで、何気なくつぶやいた一言に、見知らぬ誰かから返事がくる。『一人と書いて、カズトと読むんです。』男か女かもわからないカズトと短い言葉を交わしていくうちに、つぐみは閉ざされた心の中に何かが満たされてゆくのを感じていた。やがて、元彼・長瀬との辛い恋や仕打ちを打ち明けるまでに心を開いたつぐみだったが、その数日後、長瀬が何者かによって殺された。「もう、大丈夫だよ、つぐみ。長瀬はもう二度と現れない」――まさか、カズトが犯人なのか。次々とつぐみの周りで起こる不可解な出来事に潜む影の正体とは。140文字のありふれた出会いから始まった、前代未聞の犯罪。驚愕のネットワークミステリー。

(公式紹介より)


同じ樹林さんによる、「Twitter」をテーマにしたミステリ作品。

上記の「ビット・トレーダー」は600頁弱ですが、こちらは170頁程なので、さらっと読めます。


私も最近はTwitterを見ない日は無いので、卑近に感じる題材です。

一度書いたリプライを消したり、書き込んだ内容に悶々としたりする描写がリアルで共感できます。

同時に、爆発的にフォロワーが増えていったり、裏で何を言われているのか解らない恐怖も。

ただ飾り付けのアイテムとして出てくるだけでなく、物語の根幹に絡んで来る位置付けであったのが面白かったです。


ミステリとしてはオチが反則的だと不評もあるようですが、私はそうは思いませんでした。

一応、伏線もあったので納得は出来ました。

ミステリ要素が薄い、という事なら解りますけれど。

どちらかと言うと、ツイッターを用いた恋愛小説的な趣を感じますしね。


しかし、「ビット・トレーダー」にも言えますが、樹林さんのお話はまずテーマありき。

それも、思想的な物でなく「株」「ツイッター」「サイコメトリー」「ワイン」のような、具体的な題材。

まずそれがあって、システマティックに物語の骨組みが構築され、人間の欲望に纏わるエピソードを上手く肉付けし、そしてキャラクターは与えられた役割を忠実に演じる人形的な印象が強いです。

キャラクターの魅力という意味では、乏しいと言わざるを得ません。

それでも、一線は越えないけれど及第点以上の面白さの作品をコンスタントに送り続ける事ができる。

これもまた凄い事だと思います。


いや、「GetBackers奪還屋」なんかはキャラも物凄く魅力的だったんですけれども。

「金田一少年」の明智さんや高遠さんも好きですし。

絵の力が大きいという事でしょうか。


ツイッターに関心がある方、樹林さんファンの方は読んでみると良いでしょう。



70点。



余談ですが、装丁も大事ですよね。

上記の文庫版「ビット・トレーダー」とこの「クラウド」だと、明らかに後者の方が購買意欲をそそられます。