人が私の心を読むとき | Bon, foret, bon, Je vis

Bon, foret, bon, Je vis

日本から見たら南のみなみ、大きな大陸のはしっこで留学中です。
でも夢は北欧。きっと叶いますように。
(登場人物は猫も含め、すべて仮の名です。)

前に紹介したこのノート。


Bon, foret, bon, Je vis


ここにはいろいろ、

こうなったら嬉しいな~と思うことを

書き留めているんだけれど、





今日ふと、またちょっとずつ読みはじめた
breaking downの中のやりとりに、



心が一時停止するシーンが、ありました。


Bon, foret, bon, Je vis


(これはeclips)





※時間を忘れてぐんぐん読めるので

飛行機の旅用にとっておいたんですが、


考えたら私は本をいっぱい、

持っているじゃん ニコ (あたしってば…)



と気づいて、また読み始めたんです、えへへ。









この話の中には、

心を読める(読めてしまう)人たちが

登場してくるんですが、


(それは吸血鬼や狼人間ですが、、)




あるシーンでエドワードが、

狼に変われるセスの心の中について、


こう言うんです。






彼の心の中くらい純粋で優しく、親切な心は
読んだことがない。


心をシェアするのに

彼の心ほど、喜びに値する心は、ないだろうね。





て。









そのセリフを読んだとき、

もし今自分のまわりに私の心を読める人がいて
私の心の中がいつもいつもその人の耳に入ったら、


その人は私を、

なんていうかな~って、



考えました。




とてもpleasedとは、思わないだろうな…て。









自然に湧き上がってくるいろいろな感情を
コントロールするのは難しいけれど、



でも人間が成長して、

湧き上がってくるものを変えていくことはきっと、

できるんじゃないかなぁって、思います。









自分の心だから、


心もきっと、


自分がなりたい方向にむかって、


いきますよね。











きっときっと。




心の中に何かがおきたら、

この心はpleased to shareかって、


考えてみる時間を、作ろうって思います。





※追記


今本を読み返してみたら、

↑で訳した部分の英文は、


you're lucky to have his thoughts to share、


になってました。



だから訳はもっと、


君は彼と心を共有できてラッキーだね、





みたいな感じになると思うんですが、、

なんで私はそこを、please to shareって

書いてあったと思ったんだろう?


頭の中でいろいろ考えているうちに、

変わっちゃったのかなぁ。






でもま、いっか スマイル