熊本地震…テレビをつけると信じられないような光景がとびこんできます。
このたび、被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
日が経つごとに被害状況が明らかになる中で、埼玉での生活は今までと何も変わらないです。
同じ国内で、それが何よりも信じられません。
本当に怖い思いをされていると思います。
明日の雨の予報もあって、寝られない時間を過ごしておられるだろうと思います。
何もできずにいることが悔しく感じます。
それと同時に思うことは、毎日の平和がどれほど感謝すべきことなのかということ。
毎日の「当たり前」には「感謝」なんてしたことがありません。
足りないことばかり気になって、満ち足りていることにありがたいとすら思っていないと思うのです。
嬉しいことがあれば「ありがたい」と思えるのに…
こういう異常事態が起きなければ、気付きもしない感謝するべき「当たり前」がたくさんあることに驚きます。
これだけ大きな震災があったこと。
このタイミングで、阿蘇山の噴火。
明日の大雨。
津波の心配はないと言えども、被災地で起きている土砂崩れ。
これだけ重なっていることを、偶然という言葉で済ませないでほしいと思う。
怖いことですが、偶然という言葉で済ませるにはあまりにもひどい状況です。
「天災」という言葉がありますが、天からの災いには、やっぱり意味があることだと思うのです。
被災地だけではなくて、日本国民として気付かなくちゃいけないことがあるんじゃないかと思います。
5年前の東日本大震災やそのほかの災害でも気付かされたことですが、「平和」の反対は「戦争」ではないということ。
今回の熊本地震だって、戦争があったわけではないけれど平和ではありません。
「平和」の反対は「混乱」です。
そして、このどさくさにまぎれて、中国船が沖縄尖閣諸島周辺で領海に接近というニュース。
http://japanese-kokoro.net/2016/04/16/post-191/
先日は、北朝鮮のミサイル発射。
「戦争反対!」と叫ぶだけで、日本の平和は守れないと思うのです。
保育園の問題もありますし、原発再稼働についての議論もあります。
でも、どれも「当たり前」の「日本の平和」に成り立っていることです。
どうか、私を含め、日本国民の一人ひとりが「当たり前」の時間を「感謝」に変えられますように。
今の自分にできることと言えば、感謝を忘れずに、普段と変わらない生活をすることくらい。
仕事では、近々「九州フェア」を開催予定です。
またお知らせさせていただけたら。
何もできない自分ですが、埼玉から被災地に向けて、一日も早い復興と皆様の心の平和を祈っています。
