高校生の時、国語の先生から、三島由紀夫の『豊饒の海』を紹介された。

その時、読んで以来、『豊饒の海』は、私にとって気になって仕方がない作品となっている。

 

気になるのだが、この作品を理解してしまうと自分が破滅に向かいそうで怖い。

『豊饒の海』は、私にとってそんな作品だ。

 

今、鎌倉文学館で、「特別展 三島由紀夫 「豊饒の海」のススメ」が開催中だ。

展示をみて、講演会に参加した。

 

三島の言葉に、溺れそうになった。

溺れるというのか、三島の言葉のなかにいつのまにか飛び込んでいて、もがき、手を伸ば す。そして、体がうねりだし、ダンスを踊りたくなる。そんな感じになった。

 

三島由紀夫の作品を理解するのが怖いと思うのは、三島由紀夫の最期が、自衛隊市ヶ谷 駐屯地のバルコニーで演説した後、割腹自殺を遂げたということに関係していると思う。

 

三島が、この世を見て何を感じ、何を考えたのか。それを知るのが怖い。

 

そんな私を、三島は笑っているかもしれない。

俺が死んでも、私が死んでも、この世は続く。