#勉強メモ
野口良平『幕末的思考』
第三部 公私
第三章 敗者における大義と理念-2,3
■政府による「歴史」がため
かくして「天皇バンザイ教」がほころびると、
政府は、天皇の価値を高めようと、やたらと幕末の志士たちに「贈位」(官位を授ける)をはじめます。
それから自分たち「勝者」の正統性を固める歴史叙述を開始します。
『復古記』という戊辰戦争に関する編年体史料を作りました。
でも、贈位は、山岡鉄舟のように「いらねー」といった人も出るし、
歴史記録の編集は、はっきりさせるとやばいことが多いので「やめとこうぜ」と伊藤博文が言います。
■敗者(幕臣など)たちの綴る歴史
いっぽう、政府の正統性がナリユキに過ぎないことを知っている「敗者たち」は、さかんに歴史を叙述しはじめます。
「敗者」である幕臣たちのなかには、新聞社をつくってジャーナリストとして活躍する人が多くいました。
① 岡本武雄『王政復古 戊辰始末』
"今日の文明を作ったのはすべて戊辰戦争だ"
文明以前の《自然状態の経験は王政復古のスローガンに先立つ》*という歴史像を打ち立てたが、未完のまま、著者死去。
(*=「王政復古」なんていうクーデターよりずっと前から世の中の混乱があって、それをどうにかしようと多くの人が活動していた、というような意味でしょうか)
② 島田三郎『開国始末 井伊掃部頭直弼』
(島田三郎は、田中正造たちと鉱毒被災民救助キャンペーンを張った毎日新聞の主筆ですね)
悪者にされていた井伊大老の名誉を挽回
③ 福地源一郎
なんかちょっと面白いというか変な人(?)
政府たたきをやって、発禁・逮捕され、いちおう屈服して政府に協力したけど、『幕末政治家』などの著書で、岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順を讃えたり、ウヨい『国民之友』に連載した『幕府衰亡論』で「幕末なんて、(今の新政府の奴らが偉いんじゃなくて)、家康がはじめから、用意してたんだよ~ん」というおかしな説を唱えて、暗に政府を批判した。
④ 戸川残花の雑誌『旧幕府』
巻頭言とか後書きもない、ひたすら旧幕臣の手記だとか思い出だとかの原稿を載せた。
この雑誌から、勝海舟の『氷川清話』や、勝の父のべらんめえ口調の自伝「夢酔独言」が誕生したそうです。
戸川残花は柔軟な人なのね。息子くらいの年の北村透谷たちの『文学界』にも寄稿していたそうです。
(透谷が誘ったのですって。透谷いいね)
■ 「敗者」の歴史観も残念な感じに……
もと会津藩士で、戊辰戦後、辛酸をなめた山川浩(明治31年没)の遺著『京都守護職始末』が、
弟の健次郎の手で、日露戦争の前夜、明治35年、脱稿します。
健次郎は、白虎隊に年齢が足りなくて入れなかった人。すごく賢かったのでいろんな人の支援で学問し、イエール大学に留学。
物理を専攻し、日本物理学の草分けに。
物理を専攻したのは、富国強兵の一翼を担わんがため。
近代国家作りに会津出身の自分が働くことは、賊軍の汚名返上にもなると……?
後には東京帝国大学の総長に出世します。
『京都守護職始末』は、逆賊扱いされる「会津」の復権と、「京都守護職」を務めた会津藩主、松平容保の名誉回復を目指したもの。
・孝明天皇が松平容保に「京から出て行け!」と命じた「勅書」は、実は偽物だった。
・王政復古の前には、長州の方が御所に発砲し、それを会津藩が防護した。
↓
「朝敵なんていない。国事に奔走した人はみんな勤王の士。佐幕か倒幕かだけの違いだ」という主張。
だけどこの考えは、敗者の復権であると同時に、勝者の土俵に乗ることに。
「朝敵などいない」のだったら、なぜ、会津はあんな目に遭わないといけなかったのか。
そう考えたら当然、新政府に「ひどいじゃないか」「謝れよな」ということになるけど、山川健次郎はそういう方へ向かわなかった。
健次郎は、富国強兵にくわえ、天皇バンザイ教の熱心な推進者となる。
(といっても、お召し列車で起きた事故の責めを負って駅員が自殺した事件のとき、健次郎は「人名の方が大切だ」とヒューマンな意見を述べ、右翼に脅されてもひるまなかったんですって。えらいね)
第一次大戦の時には、「挙国一致の国防体制」の必要を熱弁する人に。。。
あれまー
東大に行っちゃうとこうなっちゃうのかね。
かたや、明治26年になくなった松平容保自身は、「出て行け」の勅命が偽物だ、という孝明天皇からの証明を持っていながら、それを公表して自分の「汚名」をすすごうとはしなかった。
「朝敵じゃない」といったら、新政府の土俵にのることになるからでは……と。
ありゃりゃー
なんかもう期待の思想家はいないんですかね。
というわけで、次、ラストの節は、朝河貫一というアメリカで大学の先生をしていた人のことが紹介されます。
目から鱗です。
現代のリベラルな日本人の考えから見ると、え? と思うところがあるのです。当時の国際社会の非常にリアルな現実を、ギリギリの所でみつめています。
今日の私たちは、ここまでカツカツに平和を考えてるでしょうか。
ではまた