歴史小説ノック
【読書】陳舜臣『風よ雲よ』上下、中公文庫
明王朝末期のマカオの港。
同じ船で長崎へ向かうのは、
大坂の陣の落ち武者、安福虎之助。
秀頼のご落胤という宣吉少年。
その付き添いの和尚、大念。
放蕩者の豪商の甥っ子、鄭芝竜。
それにあだな莫連女のお絹。
長崎で待っていたのは、
豊臣家復興を掲げる「千成組」と、切支丹の理想の国を目指す商人「摂津屋幸兵衛」。
それに海賊となって勢力を築く鄭芝竜が、三つ巴となって
大海原を股にかけ時代のうねりをかけめぐる。
とはいえ物語の主軸は、これら架空(鄭芝竜以外)の人々の活劇ではない。
(以下数行ネタバレなので、未読の方は飛ばしてください)
意外なことに、悲願やら理想を掲げたチームは、なんとも俗悪な本性をあらわし、内部から崩れてゆく。
利欲のためなら手段を選ばぬ鄭芝竜だけが、大海賊となって「成功」するが、残忍さのために人心は得ていない。
現実にあきれて仲間を離れる虎之助は商人となり、千成組に「監禁」されたまま24歳になった宣吉を救い出して、北京へ。
滅び行く明王朝の悲劇に立ち会う。
後半の明王朝の滅亡シーンは圧巻。
南からは、李自成ら、群盗の頭目たちが北京へと押し寄せる。
北からは大きな勢力となった満州族(清)が南下してくる。
北京の政局は腐敗し、賄賂と保身ですべてが動き、満州族の調略にかかって頼みになる将軍を処刑してしまう始末。
「名将」といわれる呉三桂は、満州族と手を組んでしまう始末。
紫禁城になだれ込んでくる黄色い衣の李自成軍。
お絹(この人、神出鬼没)15歳の長平公主(皇女)に仕えている王宮は大混乱。なすすべもなく皇女たちを刺し殺す皇帝。
残酷な悲劇が克明に描かれるが、やはり陳舜臣の作品はからりと明るい。
王宮から脱出した虎之助、お絹(公主も一緒)、宣吉は、南の海へ。
鄭芝竜ではなく、その息子、聡明で心優しい福松こと鄭成功に、希望を感じているのだ。
このからりとした明るさには、実を言うと個人的には少々戸惑うのだが、
やっぱり陳舜臣の作品が、面白いうえにワクワクするのは、歴史と時代、人間が鮮やかに描かれていることと、女性たちがちゃんと人間として登場すること。
虎之助とお絹は夫婦だが、お互い好きなことをして暮らそうと決めている。
お絹は、蛾のように明るいところへ引き寄せられて、いろんな所へ飛んでってしまう。はすっぱでワルなのに、年下の同性には親切で面白い。
長平公主を守って奮闘する費宮人や、賢い老妓、大宛、
まがまがしい宿命を背負った美少女、陳円円など、生き生きと描かれている。
陳舜臣先生が日本語で小説を書いてくれたことは、我々にとってどんなに大財産だろう。
(本文:1041字)
2023/09/28
初刊:1973年3月、中央公論社
講談社文庫版:1985年4月
中公文庫版:(上下とも)1999年12月18日