最近、よく考えることがある。

ある「世代」から、上と、下では

「ボランティア」の概念や価値観が違うのではないか?ということだ。

そもそも、ボランティアの定義とはなんなのか。

「その行為を無償で行うこと」ではない

「自発的な意思に基づき人や社会に貢献する行為」のことである。

「自ら、人のために…社会のために…」

つまりそう言うことである。

…よく、『ボランティアなので、お金はいただけません』という人がいるが

ボランティアであることと、お金を貰わないということはイコールではない。

東京五輪で、国がボランティアでスタッフを募集している…なんていうことがニュースになっているが

これについては、わたしがどうこういうような事ではないので五輪についてはここで書くのはやめる。(私は絶対にしないが)

今、わたしがずっと悩んでいることは、
ずばり「紙芝居」業界についてのボランティア・プロ問題だ。

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わたしは、紙芝居をやる前は演劇をやっていた。小学生から芝居を始めたので芸歴は26年目。26年の間、どうやって芝居で食っていくかだけを日々考えて生きている。

うちは両親が『劇団員』だったこともあり
「芝居では食っていけない」と、さんざん教えられてきた。

母の同期で「田◯美◯子」さんという有名女優がおり、テレビで彼女を見る度に母は「美◯子より、私の方が芝居がうまかった」と、嫌みを言っていた。

わたしは親のそんな姿をこどもの頃から見てきたので『ぜったいに、芸の世界で売れる。芸で飯を食う』という気持ちが人一倍強かった。
そして、今も強い。

しかし、わたしのやりたい『芸』は、自己満足の表現である。

自己満足の芸に、評価はしてもらえない。
つまり、お金には変わらず食っていけないということになる。

わかってはいたけれど、
金にならない芝居とかを書いてやったりしていた。

芝居ばっかりやっていたら
借金地獄に陥った。まぁ、芝居だけではないが、とにかく、わたしは金で苦労をした。

ここではとても書けないが、一度、地の底まで堕ちた。

地獄にプカプカ浮いていた時に
たまたま、紙芝居というのを見つけた。

「あ、これだ」と思った。

勿論、そのとき、紙芝居についての知識なんて
これっぽっちもなかった。

ただ、母の道具だし初期費用はかからない。
よし、これを極めてみよう。
そう単純に考えた。

正直、紙芝居にはあんまり興味はなかった。
紙芝居で表現したいことも、特にこれといってなかった。

でも、紙芝居をやってる
と言ったら
あれよあれよといろんな人が依頼をくれた。

びっくりしたのは
テレビ局や、新聞の取材が殺到してきた。

なんじゃこりゃと、思った。

あんだけ芝居を打っても誰にもひっかからなかったのにな。

マスコミに取り上げられるとブログの読者も増えたり、仕事としての依頼もくるようになった。

でも・・・

反面、焦りも出てきた。

「どうしよう、腕が、知識が、全然追い付いて来てない…このままじゃ、一発屋になって消える!!!」

…焦った。

そこからだ。

金を払って、紙芝居を勉強しよう!と思った。

まず、始めて行ったのは

群馬県伊香保温泉地でやっている
大きな紙芝居の大会だった。

あとから知ったんだけど
紙芝居には、大きな派閥があった。

そして、紙芝居にもジャンルがあって
片一方が、もう一方のジャンルを
敵対していることも知った。

でも、でも、会場は、すごく盛り上がっていた。

紙芝居でこんなに人が盛り上がるのかよってほど。

20代後半のわたしは
軽く目眩がした。

若く、なにも知らないわたしに

「紙芝居の世界には、いろいろあるからね。所属するところ、ついていく人を間違えちゃだめよ」など

「紙芝居の世界の世渡り方法」をこっそり耳打ちしてくれる人もいた。

そのあと、静岡県沼津で大きな大会があるというのをしった。

ネットで知り合った、兵庫の紙芝居屋さんが出るとしって

当時住んでいた北海道から、わざわざ見に行った。

めちゃめちゃ、面白かった。

伊香保の時と、全然カラーが違う。自由度が高い。

こりゃ、紙芝居の世界は
研究しがいがあるなと感じた。

わたしは根っからオタク気質なので
紙芝居を作ったり演じたりするより
紙芝居や、それに、関わる人のことを調べるのが面白かった。

調べてわかってきたのは

紙芝居には『街頭紙芝居』『教育紙芝居』というのがあって

事の起こりは、東京の下町の街頭。
わたしの故郷、荒川区で、初めて紙芝居の合同会社ができたということ。

そして紙芝居屋さんというのは
もともとは『失業者』が、生きる手段として
生活するために選んだ「道」「商売」だった
ということだった。

それを知ったとき
わたしにとっての紙芝居は、
カンダタにとっての蜘蛛の糸のようだ
と思った。

自分のような落第者に
差し伸べられた希望の光のようなものを
紙芝居に見いだした。

だから余計に強くなった。

「紙芝居屋さんになりたい。昔みたいにこれを商売として食っていきたい」

そして

「紙芝居文化を、守りたい」

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紙芝居で食っていく  というと
ボランティア で紙芝居をやっている人たちや
それを推奨している人から

「紙芝居をそういうもので使わないでください」と、なんでか、しらんがお叱りのようなものをいただくことがあった。

『え?なんで紙芝居で食っていくのはだめなんですか?紙芝居屋さんは商売としてやっていたんですよね?法律でもあるんですか?』

すると、「私は、紙芝居はこどものためのものにあるとおもうの。金稼ぎの道具ではないのよ。うんぬんかんぬん…」みたいなことを言われた。

わたしはこう思う。

『紙芝居』が好きならば

『紙芝居』を守りたいのならば

もっと、間口を広くしないとだめなんじゃないか?

もちろん、ボランティアを否定するとか
そういうことではない。

ボランティアで見せるのも
金をとるのも自由。

ただ、そこに

「好き」だの「嫌い」だのとケチをつけて

せっかく出てきた若い芽を

つむのは、もうそろそろ、やめてくれよ、ということだ。

今、正直に言うと

若者は貧困だ。

共働きしないと食っていけない。
こどもがいたら尚更だ。

それに、時代は変わってきている。

今や、押しも押されぬユーチューバーというのがいるが

若い世代は彼らに
『投げ銭』を払っているのを
上の世代の方々はご存じだろうか?

「応援したいならお金を払うのは当然!」

「楽しませてもらったら対価を払うのは当然!」

…そんな感覚なのである。

つまり、もう

戦後ではないのだ。

もっというと、

高度経済成長期は
とっくのとうに終わって

若い世代は

『先の見えない大不況時代』に生まれ

大不況時代を生きているのだ。

そんな時代を生きている子達に

『ボランティア精神』
『無償で紙芝居をやれ』

は、

時代錯誤なのだ。

もちろん、何度もいうが

わたしは、ボランティアを否定しているわけではない。

わたしだって、無償で紙芝居をすることもある。

やりたい!!と思う現場には

自ら「ボランティアでやらせてもらえませんか?」と赴く。

そんな、カネゴンみたいな人間ではない。

なにが言いたいかと言うと

今の紙芝居界、とくに、教育系の紙芝居業界は

若い世代がいない。

その理由は…書いたとおり。

じゃあ、どうするか?

…紙芝居というものを

もっと広い視野で見て

互いの紙芝居を、尊重しあうこと

そして

若い世代がワクワクするような展開を

作っていくことを全力でしなくてはだめだと思う。

わたしは、街頭で見る紙芝居も好きだが

学校や図書館で見る紙芝居も、好きだ。

オリジナルの創作紙芝居も好きだが

同じくらいに出版の紙芝居も好きだ。

これ以上、紙芝居の出版社が
無くなるのはゴメンだ。

紙芝居を買ってくれる若手を育てること

それが、今の私の課題である。

紙芝居の可能性は、無限だ。

『生きる希望が無くなったら紙芝居をやれ!』

こんな時代が再び来たなら、最高だ!








とら