そんなに早い時間帯ではない。

 既に九時を過ぎていただろうか、買い物に出た時の空気の重さに目を奪われた。

 重い? と言う表現は少し違うかもしれないが、雨上がりの後に空気中のゴミやチリが洗い流され、乱反射がないので少し薄暗い感じの空気感なのである。

 

 勿論、遠くの景色も、特に山の稜線はくっきりと観えて、爽やかなのは言うまでもない。

 が、しかし、空気中の乱反射がないために、明るさがなく、やや暗く感じる空気を重いと表現してしまった。

 

 この現象は梅雨時期に多く見られ、また、夏の俄雨の後などにも観られる。

 

 特に印象に残っているのは、長距離運転手の時代に、中央道を通過中に伊那谷付近の中央アルプスに繋がる山塊の稜線がくっきり見えるのにも拘らず、うす暗く感じたことがある。

 また、国道一号線の四日市から亀山に向かう途中で、先に見える鈴鹿山系が同じようにくっきり見えるものの、薄暗く重く感じたのを鮮明に覚えている。

 

 この現象は、誰もが多数経験していると思われるが、それに気が付くことは稀ではないのだろうか。

 

 既に、その空気感は、日差しに水蒸気が立ち上っていると思われ、やや明るさを増している。

 重さも薄暗さも消え、明るくなった大気の中にくっきりと景色が見えている。

 

 と、他愛のない事を書いてしまったが、そろそろ、次回あたりから本格的に本来のブログに戻りたいと思う。

 

 滅多に聴かないブラームスですが、弦楽六重奏曲です。

 私的には、ブラームスは洗練され過ぎていて素晴らしいのですが、こんな素晴らしい名曲でも何故か面白みが薄れてしまいます。

 知らずに聴いたら、モーツァルトと間違えそうです。