昨日でしょうか。

 札幌で開かれた、日本会議主催のシンポジュウムで、アイヌ支援法について元県議と市会議員が登壇したようです。

 

 実は、内容に関して私は把握をしていないのですが、シンポジュウムに反対のデモ参加者の発言によると、一部の人の行為を全体として誤解させる内容だとするのが、今回のデモだったようです。

 

 私もこの点に関しては、同和問題について一部の人たちの嘘と扇動に困り果てて、人生まで狂わせられた者として、考えることは大いにあります。

 

 もう何度も書いていますが、同和の人たちが全て悪いんではないんです。

 真面目の人も大勢います。が、未だに悪い人もたくさんいます。

 

 さて、今回は同和の問題ではなく、アイヌ民族の事です。

 彼等の先祖は大昔、日本列島が陸続きの時に渡って来た縄文人なのですが、その後、海を渡ってきた弥生人との間の混血が遅れていた民族です。

 そして、北海道と言う地域性もあって、長い間独特の文化風習を守って来た人たちであり、その文化は尊重されるべきです。

 これはもう、世界中で先住民の権利や文化を守る方向に進んでいます。

 

 以前は、文化を共有することが、人権だし幸せになると信じられていた時代がありますが、現在ではそのような考え方はしません。

 よくお考え下さい。

 江戸時代の人が現在に来て「さあ、車もあるぞ、冷蔵庫も、テレビも洗濯機もあって便利だろう」と、今の生活を押し付けて、その者が幸福な生活を送れるでしょうか。

 また、アマゾンのアマゾンの奥地に住む人を日本に連れて来て、いきなり上記と同じように、便利だろう幸せだろうと言えるでしょうか。

 実際にはそれに慣れない方の方が多く、余りにも大きなギャップに付いて行けなくなるのが普通なのです。

 

 その為に、アメリカではインディアン居住区を設けていますし、アマゾン奥地で独特な原始生活を送る人たちに、無理に文化を押し付けていないのです。

 また、オーストラリアの原住民アポリジニでも同様で法に守られています。

 

 しかし、日本のアイヌ民族は、それほどのカルチャーショックはあるとは思えませんが、歴史的に長く続けていた習慣、風俗、文化活動、そして、何よりも彼等のアイデンティティは保護、尊重されるべきです。

 勿論、アイヌ支援法(実際には長い名前の法律)を、悪用する者に対しては、抜け道を防ぐ法の整備や、罰則も必要でしょう。

 

 どの民族にも、どこの国民にも善人悪人は存在します。

 それを、悪の部分だけを取り上げて云々するのは間違っています。

 

 また、我々もアイヌ民族と同じ血を引いていることを、つまり、弥生人と縄文人の混血だという事を意識してもらいたいものです。

 

 それよりも、もっと深刻なのは、このアイヌ民族問題のシンポジウムの主催が日本会議だという事の方が……。

 彼等は、少数民族や弱者を潰したんですかねぇ。

 

 では($・・)/~~~

 

 加藤登紀子さんの「いく時代かがありまして」。

 ちょっと、歳を重ねてから、思う事がある歌です。

 最初、中原中也のサーカスの詩の引用があります。

 良い歌です。