A-2:「灯台 若しくは 明日翔び立つあなたのために」
Part1
野毛坂47の3枚目のシングル「明日翔び立つあなたのために」が製作された。
今回もセンターは黒岩麻衣。
野毛坂47デビューから、3連続のセンターだ。
製作発表からMV製作、レコーディングと、順調に仕上がるはずだった。
その日が来るまでは・・・。
野毛坂47センターを務める黒岩麻衣は、もうひとつの貌を持っている。
フォーミュラNGZのレーサーとしての貌だ。
アイドルとしての活動をしながら黒岩は、レーサーとしても活動しており、この日はそのレーサーとしての仕事をしていた。
アイドルとしての貌を持つ美人レーサーとして、黒岩は常に話題の的だった。
この日の予選で黒岩は4位のポジション。
まずまずの位置から、決勝レースに臨んだ黒岩。
しかし、この日のレースが、黒岩の運命を大きく変えることになるとは、本人は勿論、だれも予想しなかった。
決勝のレースがスタートし、何周かの周回を重ねたあるとき。
黒岩のマシンは、他の車両の事故の巻き添えになりクラッシュ、コースアウトし、マシンはエンジントラブルから動かなくなり、無念のリタイヤとなってしまった。
自分の落ち度じゃないことから、黒岩はしきりに悔しがる。
しかし、彼女の不幸はそこで終わらなかった。
動かないマシンから少し離れたところに、後続の車が不用意に突っ込みクラッシュ、コースアウトしてきた。
まるで黒岩をめがけるように・・・。
気が付いたとき、黒岩麻衣は既に、病院のベッドに居た。
眼を開けると病室の天井が見える。
でも左目が開かない。
記憶がだんだんと戻ってくる。
(そうだ、私って・・・事故に巻き込まれたんだ・・・)
思い浮かんだのは、今後しばらくはレーサーとしての活動ができないということ、そして、野毛坂47としての3枚目シングルの活動のことだ。
(みんなに迷惑かけちゃうな・・・)
自分が活動できないのは勿論悔しいけれど、それよりも周囲のひとたちに迷惑をかけてしまうのが申し訳なかった。
でも今はとにかく、治療に専念することが自分のすべきことだろうと、黒岩は感じていた。
医者が来て、いくつかのチェックをする。
コミュニケーションはとれることが確認されると、医者は思いがけないことを黒岩に告げた。
「黒岩さん、あなたは自動車レースの事故でケガをしました」
黒岩は医者に問う。
「どのくらいで復帰できますか?」
医者が答える。
「・・・大変言いにくいことですが、黒岩さん、あなたはもうレースもアイドル活動もムリだと思います。なぜなら・・・」
黒岩は医者の言葉を静かに聞いていた。
医者は言葉を続ける。
「黒岩さん。あなたは今回のケガで左目を失明、そして、右足切断となってしまいました」
最初黒岩は、医者の言葉が理解できなかった。
(左目失明・・・?右足・・・切断!?)
「そう・・・ですか・・・」
現実感のないまま、黒岩は医者の言葉を受け止める。
やがて黒岩の頭の中で、いろんな思いが渦巻いてきた。
(レースができない・・・アイドル活動もできない・・・私はこれから、どうしたらいいの・・・?)
離れて暮らす母親が着替えや身の回りに必要なものを持って、そして野毛坂47のマネージャーが見舞いに来た。
「私・・・どうなるんですか?野毛坂47の活動とか・・・」
マネージャーが重い口を開く。
「今は治療に専念してください。野毛坂47のことは・・・気にしないでって言われてもムリでしょうけど、今はそのことは考えないで」
黒岩は黙っていた。
母親が問いかける。
「何か欲しいものはない?」
黒岩は静かに答える。
「お願い、ひとりにして・・・」
心配そうな母親を、ムリに笑顔をつくって見送ると、黒岩は、泣いた。
今までこんなに泣いたことはないってほどに、いつまでも泣いた。