2025年も、残すところ、3日・・・。ついこの前「正月」を迎えたと思ったら、「あっというまになんとやら」ですね。
私のblog友達のHさんは「宗教否定論」などという、高尚な哲学的なblogを上げていますし、日本哭○○さんは、ある本を読んで、自らのblogに5編と後書きまで、6編にわたる力作を著されています。私も刺激を受けて「ダンディズム」について書きたいと思います。
私は、自身の人格を作っているのは「思い出の遺産」ではないか、思っています。人によっては、「懐古主義」だとか「人間は今を生きているので、昔の勲章など触れるべきではない」などと否定することもあると思いますが・・・。過去の想い出こそ「今の自分を創り」、これからの人生を「豊か」にするものと思っております。
私には、私の生きる「礎」に影響を与えて下さった大切な「人生の先輩」が数名います。その中でも、きっと筆頭に挙げられるのは、土居さんです。私の生き方を決定づけた人と言っても決して、過言ではありません。土居さんからは、無言(行動)で「男としてのダンディズム」を与えてもらいました。
=ダンディズムの最高峰=
その名前を知ったのは、私が高校1年生の最初の数学の授業の時である。
遠田先生が私たち新入学生に、『お前らサツマノカミをしていないだろうな・・・。サツマノカミは絶対にダメだからな』と言い放った。
生徒たちは『サツマノカミって何とことだ』とざわめいた。
遠田先生は『サツマノカミの名前は「タダノリ」と言って、「タダ乗り」のことをいうんだぞ。バスや汽車のな・・・。絶対にするなよ。ガハハハ!!』その瞬間、教室は生徒たちの笑い声で、どっと沸いた。
私が、薩摩守忠度を知った時である。
それから7,8年経った頃、私は、三井系の会社に就職し調査部標作課という部署に配属された。調査部標作課では、主に、新しい現場の標準作業量を設定して、適正作業員数などを決め、たり、問題のある現場の調査を行い、問題点を見つけ出し、担当部署の責任者に改善案を進言する部署である。
しかし、国のエネルギー政策の転換(石炭から石油へ)で、炭鉱産業は斜陽化していた。私の会社も合理化(首切り)を余儀なくされていた。そんな時、私の課が「首切りの資料」を作ることになったのである。
その責任者になっていたのは、帝大出身(戦中派)の土居さんであった。
仲間の首を切る資料を作るのである。私の会社は複数の炭山を持っていた。報告書は、①出炭量・②怪我をした作業員の人数・③作業員の出勤率を10年分「秘密裏」に調べてまとめ上げるものである。その後、技監(副社長)達が、その資料に当時の担当者をあて嵌めて行き、客観的に首切りを行う資料としたのだ。私も、今考えると土居さんの胸の内を察するとが出来る・・・。仕事も佳境に入った時、2か月間ほど合宿所に泊まり込んで資料をまとめ、報告書を作った。
2か月後、資料と報告書ができ上った。我々は、合宿所の一室で打ち上げの会食を行った。皆、うわべだけはにこやかにしていたが暗い会食であった。2時間ほどで散会になり、私は、自分の部屋に戻り本を読んでいた。その時、部屋をノックする音が聞こえた。「誰だろう?」と思いながらドアを開けると、「ジョージ君(私のあだ名である)寝たか?一杯やるべ」と「だるま(サントリーオールド)」を一本とグラスを2つ持って土居さんが入ってきた。
土居さんは、にこやかに若かりし頃の武勇伝だけを語っていた。独演会である。話に出て来るのは、若い頃の仲間たちとの楽しかった実話である。
「だるまの瓶」が半分ぐらいになった時・・・。
「ジョージ君、こんな歌を知っているかい?」
『青葉の笛』 作詞:大和田健樹 作曲:田村虎蔵 (明治39年)
一の谷の 軍 破れ
討たれし 平家の
公達あわれ
暁 寒き 須磨の嵐に
聞こえしはこれか
青葉の笛
更くる夜半に 門を敲き
わが師に託せし
言の葉あわれ
今わの際まで
持ちし箙に 残れるは
「花や今宵」の歌
哀しそうに切々と歌う歌に夜は深々と更けていった。
土居さんの話から、自分達の作った資料により夥しい数の仲間が首を切られるとの辛い思いが切ないくらい伝わってきた。
「忠度は、都落ちの時、歌の師である俊成卿を訪れて『さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな』の歌を託し、馬に乗って去って行く」。
「赤地の錦の直垂(ひただれ)、黒糸縅(くろいとおどし)の鎧に、甲をば著(つけ)給はず、立烏帽子(たてえぼし)ばかりにて、白鴇毛(ときげ)の馬に妖懸地(いかけじ)の蔵置いて」・・・。
土居さんは、大学時代、暗唱できるまで読み込んだという『平家物語』を滔滔(とうとう)と語った後、「俺はダンディズムの最高峰は『薩摩守忠度だと、思っている』。と言い終わった後、ポツリと「俺は大切な仲間を裏切った・・・。忠度のような死に方がしたいができるだろうか」。と呟いた。
その日から私のアイドルは、ダンディズムの最高峰『薩摩守忠度』になった。今も変わっていない。
30代の終わりころ、私は、今の学習塾に身をよせた。ちょうど35、6年くらい前だったと思う。通勤の電車の中で、偶然、土居さんと巡り合った。
「よお、○○君でないの?俺はまだ「侍」してるぞ。たまたま、あの後な、堪らなくなり会社に辞表を叩きつけたんだ。大学の同級生が、住友系のスーパー(北海道で30店舗ほどある)の教育係の職を紹介してくれて・・・。今仕事に向かう所なんだ。『捨てる神あれば拾う神ありってな」。
しかし、私は、薩摩守忠度より、土居さんこそがダンディズムの最高峰だと思う・・・。
毎朝、鏡に映るわが顔を見て「ダンディズムからは180度」違う自分のありように、苦笑い。
2025年も、大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。