[箱の中の腐った蜜柑] by 理RayLee怜

 タイトルから離れた出だしだと思うかも知れないが、最後にタイトルの意味が分るはずなので、最後まで読んでいただきたい。
 国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の捏造は目に余る。IPCCの地球温暖化に関するデータ捏造は、いくつもあるらしい。例えば、2007年発表のレポート:気候変動の影響を受けやすいオランダの海抜以下の低地について数値を実際よりも大きく記述していたことに関してオランダ政府が抗議していたが、その誤りを認めたと報道された。オランダの国土の55%が海抜以下と記していたものだが、実際には26%だという。テロより海面上昇が怖いというオランダ人には看過できない由々しい話だったと想像する。IPCCの言い訳は、海抜より上にあるものでも洪水に見舞われやすい所も含めれば55%となり、報告書の結論は変わらないというものだそうだが、第3者の耳には言い逃れにしか聞こえない。もし、そうなら、最初からそういう条件付きの話だとして正確に記述しなければならない。まともな科学者ならそういう訓練を受け、実際にそうする。
 また、IPCCの報告書には、ヒマラヤ山脈の氷河が2035年までに消える可能性があると主張した点についても誤りが指摘されている。この分野の専門家によれば、根拠がないらしいのだ。
 これら以外にも、二酸化炭素等の濃度上昇起因で地球温暖化が起きていると主張する学者には、その程度を誇張する者がいる。
 IPCCの話は、普通の科学の世界では考えられない話である。捏造したヤツは学者仲間の世界からは永久追放される。なのに、IPCCに関しては、いまだにそんな話は聞こえてこないのだ。
 自然現象を正直に検討し、第3者があらゆる角度から検証して真実だけが残るからこそ、人は科学を信じる。他人を信じない人も、異教の神を悪魔とする者も科学を信じる。もし、嘘だと思うなら、病気になったらどうするか考えてみればいい。薬に、医者を頼るだろう。薬学も医学も、科学の典型的な応用分野だ。それらが信頼の基盤に立っているからこそ、人は自分の身を預ける気になるのである。それらの元になっている科学の信頼を裏切るヤツは、いてもらっては困るのだ。
 たった1つでも腐った蜜柑があると、箱の中に入った他の蜜柑も腐っていくのを経験する。蜜柑箱も科学の世界も同じだ。嘘つきの輩がいると、まじめで誠実な大多数の学者まで同じような目で見られるようになり、人は科学の議論や成果を信じなくなる。差し迫った実感を持ちにくい地球温暖化の問題を誰も本気で心配したりしなくなる。ただでさえ経済事情が悪い昨今、日本でもアメリカでも地球温暖化対策を実際に法制化しようとしてはいるが、反発がいたるところで起きているのが現状なのだ。明日の生活の方が、何十年か後に来るかこないかというような温暖化よりよほど切実なのだ・・・それに輪をかけるように、温暖化自体が本当に起きているのかという不信感を、それを主張する者自身が煽る・・・なんておバカな話だろう。
 素人は、学者の見解くらいしか地球温暖化の兆候を知る術はない。明らかにクソ暑い猛暑ばかりになり、北海道にいっさい雪が舞わないなどという子供でも分るような温暖化が起きてしまった時に慌てても手遅れなのだ。一度狂った地球環境は簡単に元に戻らない。少なくとも狂わせた年月と同じだけの年月はかかると思っていい。たぶん、その何倍も何十倍もかかるのだろう。ツケは必ず払わされる。利息付きで。

 まず、「本当に日本人は英語が苦手なのか?」という疑問に答えよう。理怜の経験から、一般論として、これは事実だと思う。ノーベル賞をもらうような人でも、"I don't know speak English"なんて平気で言う。本当は"I can't speak English well"とでも言うべきだろう。私自身も○○国際会議と称する会議に参加したことがあるが、欧米やアジア、オセアニアから出席した人で通訳を必要としていたのは日本人だけだった。アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人のような英語を母国語とする人たちは別として、中国、ベルギー、オランダ、ドイツ等から参加した人たちは通訳なしで議論したのである。また、十年以上も前になるが、レンブラントの「夜警」を見るためにアムステルダムの国立博物館に行く時やスキポール空港に行く途中、数人のオランダ人に英語で道を訊いたが、それなりの答えが返ってきた。パリでも道を英語で訊いたが、半分くらいは答えが返ってきた。日本なら、目をそらされ、無言のまま避けられるか、せいぜい"I don't know"と言われるのがオチだろう。
「日本人は英語ができない」ということの意味は深い。そのワケをここに書くのは、英語教育が?の方向に行くようで不安だからである。文部科学省の現実に合わない高邁な思想は早い段階で叩かないと大変なことになる。失ったものを取り戻す労力は半端ではない。「ゆとり教育」の結果を見れば分かる。間違った指針のために損する人が増えてしまうのはいかにも「もったいない!(What a waste !)」。
 日本人が英語ができない理由は、教育や勉強のような新しい知識や経験を加えていくシステムに不備があるというよりも、英語に接する機会が少ないためにせっかく得た知識や能力が維持できないという点にある。つまり、一生懸命英会話学校に行くとか、幼少期から英語を習わせる、あるいは、英語の授業を英語でやるということだけでは問題の解決にはならないのである。
 コンピューターが翻訳してくれるから大丈夫と思っている人がいたら、それは間違いである。機械翻訳は当てにならない。それも、ちょっとやそっとのレベルではない。実際に使ってみると、どんな機械翻訳でも、「えー!」と言いたくなるようなとんでもない翻訳が頻繁に起きる。一度日本語を英語に機械翻訳させ、その英語を今度は逆に日本語に翻訳しなおしてみれば、現状がどんなものか分かるはずである。元に戻った日本語が最初の原文とかけ離れていることに唖然とするだろう。日本語と英語の文法が違いすぎ、文化的な背景が違いすぎて単純な操作ではまともな翻訳ができないのである。プロの人の翻訳でさえ、内容の背景を熟知していなければ、真意が伝わらないという状況はいくらでも起きる。日本語の単語と英語の単語が一対一に対応していればいいのだが、現実にはそうではないのである。辞書を引いてみれば分かるように、一つの英単語にたくさんの日本語訳が書いてあるのを見れば、単語の置き換えがユニークでないことが理解できる。
「君はどうか?」と言われるかも知れない。理怜自身は英語は嫌いではない。日本人として生まれ、日本に育ち、日本の学校を卒業した今でも、電車の中での移動時間などの空いた時間は英語に接している。理怜の場合、テキスト(オーディオと書かれた文章)がCNNや小説だから、作家として、やったなりの見返りがあるからである。それに、昔から英語の勉強そのものが苦にならない。高校の英語の先生に負うところが少なくない。質の高い教師に当たったおかげで、英語に対する抵抗がないという経験に恵まれたと今でも思っている。先月、アメリカに一人で行ったが、会議やその後のディナーでも何とかなった。異文化交流は、未知との遭遇が多く、おもしろい。
 さて、最近文部科学省が打ち出した英語教育強化指針のどこが間違っているかというと、高校の英語の授業そのものを英語でやれと言っている部分である。こんな高級な授業をやれと言われて、現実にちゃんとやれる高校がいったいいくらあるか? たぶん、東大合格率○○%というのを宣伝文句にしているハイレベルな高校だけだろう。教師も生徒もそれなりの資質があるからだ。大多数の高校では実施できないだろう。高校と言ってもピンキリで、中学の英語を再教育しなければならない高校も少なくないのである。
 ハイレベルな高校でも、その時限りである。たとえ、英語教育がうまくいったとしても、その学生が高校を卒業し、偏差値の高い大学に合格し、社会人になったとして、その後英語を使う機会が少なければ、十中八九、十年、二十年したら殆ど英語ができなくなる。英文Eメールの読みにすらアレルギー反応を示すようになる。事実、東大卒の五十過ぎの現役一流会社員でこのようなレベルの人を何人も知っている。他は推して知るべしである。高校レベルの英語がマスターできていれば、普通のビジネスの英語は何とかなる。少なくとも、リーディングくらいは自分で処理できるはずなのだが、現実はそうではない。英語のできる部下に丸投げ――「これを訳しておけ」か「適当に対応してくれ」か「無視」。どうしても自分でやらなければならなくなると翻訳屋か通訳を使うことになる。それでも格好付けだけはやりたいらしく、会議の冒頭の挨拶だけは英語のできる部下に作らせた英語の原稿を読み上げるのだ。日本の首相が国連の会議でどうやったかを見れば、この事情がよく分かる。民間も似たようなものである――せいぜいそんなところだ。大学受験でバカにならないレベルの英語知識を習得したはずでも、その後何もしなければ、風化してしまうという良い例である。もっとも今のA首相のレベルは保障の限りではない。日本語も危ないくらいだから。 英語は生き物、有効期限があることを忘れてはならない。外国語だからではなく、母国語も同じである。母国語は絶えず使うから苦痛なく使えるにすぎない。日本人が、外国に行っていっさい日本語を使わないという生活を数年続けると、日本語が話せなくなってしまうという現象が起きるのである。
 高校生には苦痛かも知れないが、文部科学省が高校で履修すべき単語を増やせとしたのは良いことだと思う。ただし、増やしたレベルが中国や韓国と同じレベルだという新聞記事があったのが気になる。もし本当なら、これまでは中国や韓国のレベル以下だったことになる(!)。英語の力の七、八十パーセントは単語を知っているかどうかで決まるからで、語彙が一定レベル以上ないと、いざ話してみろと言われてもどうにもならない。英会話学校に行ったことがある人なら、このことは経験済みだろう。言葉が出てこなくてストレスが溜まり、嫌になってしまうのだ。海外で生活する場合は逃れられないから半ば強制的に馴染んでいくが、日本にいればその必要がないから「ヤーめた」ということになってしまう。ここで一定レベル以上とは、そのものズバリの単語が頭に浮ばない場合(このようなシッチュエーションはしょっちゅう起きる)、別の言葉(単語や熟語)で説明できるレベルである。では、具体的にどうすればいいかというと、英語で損したくないと思う人は、勉強に限らず、英語に接する機会を増やすしかない。具体的なやり方は、別の場で紹介したい。
 どんどん国際化していくこれからの時代、多かれ少なかれ、英語の必要性は高まっていく。仕事の種類によっては、翻訳や通訳のようなプロでなくても必須である。例えば、海外営業部門、海外出張。もし英語ができたら、英語が絡んだ仕事が回ってくるし、当てにもされる。ビジネスのシーンでは、このような状況はかなりあると思っていい。仕事で通用するレベル(正確な意思疎通ができるレベル)で英語が操れる者がかなり少ないというのが現実だからである。
 英語そのものでメシを食う翻訳や通訳のレベルまではいかなくても、何とかなる。流暢である必要はない。流暢でも、「何を言っているのか分からない」と言われたら終わりである。そうではなくて、「あなたの言うことは分かるし、もっともだ」と言われたら、目的は十分達しているのである。このためには、英語そのものの能力だけでなく、構成力や相手が納得してくれそうな組み立てができる能力が同時になければならない。通訳者や翻訳者が完璧に仲立ちしてくれたとしても、それは言語の変換だけであって伝達する中身は変わらないからだ。
 さんざん英語英語と騒がれ、ノバだトーイックだ高校教育改善だと言っても一向に改善されない(だろう)日本の英語状況。これは、ある意味でチャンスだと思う。仕事がなくて困る今の時代、少しでもアドバンテージをゲットしなければ……他ができなければ、できるヤツはそれなりに有利になるんだ。生かさない手はない。「また英語の勉強かよ……」と思うかも知れないが、やったなりの見返りはあるのである。
 
 理RayLee怜の書く小説には何らかの形で英語に関する記述が入ってくる。今まで書いた小説の中では、「夏の素顔」が一番英語に関する記述が多いと思う。「夏の素顔」では、主人公、橘理恵が両親の不和と死別、その後、親戚中をたらいまわしにされながら這い上がる姿を描いた。理恵は高校をサボって横浜をブラブラしている時、外人相手に生活情報を提供したバイト経験をきっかけにして、英語をものにし、アメリカに渡る。その後、日本に戻ってくるところから話は始まる。巨大な組織の陰謀に巻き込まれ、行方の分からなくなっていたかつての恋人に再会するのだが……。


「夏の素顔」理RayLee怜
(ブイツーソルーション/発行、星雲社/発売 ISBN 4-434-08730-4 C0093)
(書籍出版の他、電子出版:PC、携帯電話にも配信)
 
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[自分の体の交換パーツをくれる代替人間の話]by理RayLee怜


 自分の体のどこかがおかしくなった時、車のブレーキ・パッドやパソコンのCPUユニットを交換したりするように、不具合な所を入れ替えたりできれば、人は健康を保ち、長く生きられるはずでしょう。それをかなえてくれそうなのが生幹細胞による再生医療です。交換するパーツはシャーレで培養したようなものですから、生きたパーツとはいえ、そのものには人格があるわけではないので、うまくいきさえすれば倫理的な問題はおきないはずです。
 しかし、そのパーツを与えるのが人間だったらどうでしょうか? 人の体は異物が入ってくると、それを敵とみなして排除しようとする拒否反応をおこすため、いわゆる「移植」には大きなリスクが伴います。このため「移植」は限られた範囲でしか行われません。もちろん、パーツを提供してくれるドナーも少ないのですが・・・しかし、そのドナーが奴隷のようなクローンだったとしたら・・・ドナーはどんな思いをするでしょうか?・・・文字通り身を切られる思いをするでしょう・・・。
 小説「夏の素顔」は、そんなドナー(生きた奴隷)の話です。

<「夏の素顔」の抜粋>

 重たい空気を感じさせる目覚めだった。
 いくら目を開けたつもりでも漆黒の闇しか見えてこない……盲目になってしまったのかと思う……何故かは分からないが。あれほど大事にしてきた視覚を諦めなければならないのか? 自分で声を出してみた――「あ、ああ……」――音は聞こえる。黴くさい臭いが鼻をついた――嗅覚も効いてはいる。セメントの冷ややかな感触が頬に伝わってきた。触覚も生きてはいるようだ。
全身がだるく、ボンヤリする頭は時差ボケした時よりひどい。鈍った頭では、自分がどうなっているのかすら認識することができない。起き上がろうとしたら、思い切り頭を打った。頭上にあるのは天井ではない。高さが四十センチあるかないかの鉄の板で塞がっている。手足を縦横に伸ばすことはできるが、起き上がることは不可能だ。どうやら上下がひどく狭い、平べったい空間に入れられたようだ。
 体に残った薬剤のせいか、吐き気がした。風邪をひいた時のような悪寒がし、皮膚がサワサワする。
 恐怖がかろうじて覚醒を維持させている。こんな状態は初めてだ。怖くてたまらず、思わず叫んでしまった――「助けて!」――それは、今まで一度も言ったことのない言葉だ。助けてくれる者など、いないのは分かっている。だからこそ言わないできたのに、今は助けを求めている……人との交わりがそれなりにできてくるにつれ、いつの間にか、私は人に頼ることを覚えてしまったようだ……。
 しばらくすると、目の前に迫った上の鉄板がきしみ、人の声が聞こえてきた。
「クロダさん、あの女の子どうしたの?」
 高い、透き通ったような、若い女性の声だ。
「ナツミ、誰もいない時は、ヒカルと呼べって言っただろう……女の子って誰だ?」
「あのケバイ感じの子よ……二人いたうち、背が高い方じゃない子、ユリエって言ってた方」
「俺は商品に手を出すようなマネはしないさ。手垢が付いたら高く売れないからな。今頃、上海でオークションにかけられてるだろう」
「そう……安心した」
「安心か、おまえも変わったな」
「ヒカルも変わったわ」
「御身の命を天主に捧げよ。現世には、身を挺して救う命がある。救った命はやがて己の来世に倍加し、御身は位階の高い超人類に生まれ変わるであろう、か……飽きたな。おまえはこんな教義を本気で信じてるのか?」
「私が身を挺して救う人がいるっていうことは、身を挺して私を救ってくれる人もいることだって、藤堂さんが教えてくれたわ。だから……」
「もういい。おまえはいつまでもそう思ってろよ。俺は、シンガーソングライター、ヒカルだ。喬木潤のために生まされたクロダヒカルっていうヤツは死んだんだ……」
 間があいた。
 耳をすますと、嗚咽が聞こえてきた。
「泣くなよ。俺は自分で生まれ変わっただけだ。ナツミを忘れたわけじゃない……シッ! 誰か来る。こんなところを見られたら疑われてしまう……位階の低い者の恋愛は禁止されている。クソみたいな規則だぜ。上は何でもし放題なのによ。俺が先にここを出る。二、三分してから部屋を出ろ。他人のふりをしろよ」
 ナツミと呼ばれていた女の声は聞き覚えがあった。下高井戸のオフィスで私とユリエを案内した髪の長い女の声だ……


「夏の素顔」理怜/Ray Lee
(ブイツーソルーション/発行、星雲社/発売 ISBN 4-434-08730-4 C0093)
(書籍出版の他、電子出版:PC、携帯電話にも配信)
■書籍の入手先:インターネット販売サイト(7&Y、Amazon、BK1、楽天、等)または書店
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