私がビジョンマップをつくるようになったのは、21歳の時です。
大学4年、電子工学部の学生である私が、ミヤケイッセイで働きたいと強く思ったときでした。当然求人もなく、研究室の教授にも、「おまえ、気が狂ったか?」ぐらいに思われました。でもどうせ働くなら、大好きな服の業界で働きたい、強い思いは消えませんでした。
そこで研究室の自分の机のカレンダーの下に、A4の画用紙の中に、三宅一生氏、憧れていたPRの北村みどりさんの写真をペタペタ貼りました。その上にマジックで、
「私だけが内定決定!!しました。」と過去形で大きく書きました。
会社訪問に行きたいと、人事部に電話をしても受け付けてもらえず、毎日、イッセイミヤケ合格ビジョンマップをただ眺めるばかりの日でした。そんなある日、「待つばかりじゃ駄目だ、こっちからじゃんじゃん電話しよう」と思い、電話をすると、「あーー来てください。お電話、お待ちしていました」とのこと。あんなに拒んでいたのに、「お待ちしていたとはおかしいな・・」と思いつつ、
大学4年の私は、島田順子の服に身を包み出かけて行きました。(イッセイの服ではないのが笑える・・)そしたら、な、な、なんと、完全な人違いだったのです。
中途採用で欲しい人材で同じ苗字の方がいらして、その方と間違えたとかで・・・、帰ってください的な、あまりにガチョーンの出来事が展開されました。しかし、毎日、イッセイで働くことをビジョンマップでビジュアライズしてきた、この私。会社に入ったら最後、帰ろうとは思いませんでした。働きたい理由、入社したら、何をしたいかなど、熱く語りました。そして新卒の入社試験にエントリーをさせてもらえることになり、働くことができるようになったのです。
↑時代を感じさせる写真。今、こんな人、いませんよね。全身イッセイミヤケの私。
また私だけ、入社決定の理由も・・・。10月18日に内定をいただいたとき、「明日から来れますか?」と言われて、ここで断ったら、内定取り消しになってはいけないと、大学に通いながら、働くことになってしまったのです。笑)
私にとって、いろんな経験のスタートもこのイッセイミヤケでした。もし、私が工学部に求人が来ていた会社に入社していたら、さらにダメダメ社員でした。自分が活かせる会社に入社できて、その後、思い切り仕事をさせていただくことができたのも、このビジョンマップがつくりだした現実からだと思います。またこんな私を採用してくださった社長にも感謝しています。
まず、自分の夢を引き出してほしい。楽に簡単に実現できることを知ってほしい。その願いからビジョンマップセミナーを15年間、開催しています。
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