今日は仕事始めでした。新たな一年間が始まります![]()
今年はいったい、どこの国へ出張するんでしょうか![]()
ホンネは移動距離も短くて、生活環境の幾分楽なアジア地域が希望ですが、
地球の反対側になるか、アフリになるか、まだ未定です
さて、年末に始めたKazakhstanの思い出のパート2をお届けします![]()
前回は旧首都Almatyでしたが、今回は首都Astanaです
Almatyは私の住んでいた村から寝台列車で24時間かかる距離にあったので、
行き帰りの飛行機に乗るために、寄っていただけで、あまり思い出がありません![]()
でも、Astanaは住んでいた村から電車で1時間半ほどだったので、月1回ぐらい遊びに行ってました![]()
遊びに行くと言っても、Astanaはシルクロードからも外れているし、
ロシア人人口の多い旧ソ連の一地方都市で、観光地らしい観光地はないんですが、
都会の空気を味わいに行ってました
まずは、村からはこちらの電車でAstanaへ~![]()
住んでた場所から村の駅まで徒歩40分、村の駅からAstanaまで列車で1時間半。
最初はこの電車に一人どきどき乗っていました。
駅には券売機もなく、列車に乗ると、係員がお金を取りに来て、チケットをくれますが、
何か言われたらどうしよう~って![]()
慣れてくると、普通はAstanaで降りるので、黙ってお金を渡すだけということが分かりました。
そして、この列車で着く先は大都会!
Astanaを流れるイシム川とビル群。
Astanaは故黒川紀章氏が設計した都市で、Almatyのようにごちゃごちゃしてなくて、
すっきりした都市作りがされています。
イシム川沿いの遊歩道には花時計があります。
ケニサルィ・ハーンという人の騎馬像です。
Kazakh史の中では有名な人らしいです。
Kazakhには、戦争の記念碑とか、騎馬像がたくさんあります。
市場へ野菜と果物の買い出しへ。
村は自給自足で、野菜や果物が不足しがちなので(いつも貧血に悩まされていました・・・)、
これはAstana市内の遊園地で発見した日本語。
あの頃は、ロシア語で暮らしていたので、こんな写真を撮るほど、日本語が恋しかったんですね。
乗り物が宙に浮かんでぐるぐる回るアトラクションで、
昭和50年頃の製造と記載されていて、日本で使わなくなったお下がりが、輸入されてるんですね。
日本語で「2人乗り」「シートベールト着用」と書いてあったんですが、
そんなのをKazakh人が読めるわけもなく、4人乗り、シートベルトなしでお客さんは乗っていました。
Astana市内の博物館。
知り合いの誕生日パーティーに参加しました。
Kazakhの伝統料理、ビシュパルマック。羊の茹で肉。
ロシア語でさえ怪しい私なのに、このパーティー、全てKazakh語で会話が飛び交ってました。
市内のモスク。
観光地ではなく、普通に住民がお祈りに行くモスクです。
Kazakh人の友達に連れられて、入ったら、
頭に布をかぶるよう言われ(観光地のモスクならそんなこと言われないんですが・・・)、
小さい部屋でイスラムの儀式が執り行われ、お金を払って帰って来ました。
Astanaのユーラシア大学日本語学科の学生たち。
私もKazakh人の友達に混じって、大学の日本語の授業を受けました。
授業は「この本はどこで買いましたか?この月刊誌は何月号ですか?」とか簡単な内容でしたが、
恥ずかしながら、私、この授業で学んだ日本語の知識がありまして。
本の後ろのページに書名、発行者、発行者の住所、印刷所を書いてあるページがありますよね?
あれ「奥付き」って言うんですが、私、その言葉知らなかったんです。
日本語学習2年目で「奥付き」を覚えるのかー、と感心していました。
次回はその3をお届けします。




