漫画、小説、映像の台詞で一番インパクトがあったセリフ ブログネタ:漫画、小説、映像の台詞で一番インパクトがあったセリフ 参加中
 多くの人に、影響を与えている宮沢賢治さん。あなたの事を、神さまのように思っている人も少なくありません。
でも、時代の大きな闇の存在の前に、絶望感を味わいながらも、諦めることなく、努力をした人間なんですよね。
生きている時は、きっと、敗北感に襲われることが多かったのでしょう。最愛の妹さんが、良き理解者であったのに、結核で先立っています。賢治さんも、結核で、37歳で死んでしまいましたね。周囲に理解されることなく、父親との葛藤も抱えたまま、無念だったでしょう。賢治さんの事を、永遠の童貞だという人もいます。そう、子どもをつくる代わりに、トランクいっぱいの童話やら詩を、僕たちに残してくれてのですよね。

 僕は、家の近くのプラネタリウムによく出かけていきます。賢治さんの『銀河鉄道の夜』が、投影されていますよ。
その番組で、初めて、三角標というものがどんなものか理解できました。

 本の中では、賢治さんのように、星の事は詳しくありませんから、銀河の旅の過程も良く分からなかったんですよ。プラネタリウムで、岩手軽便鉄道の形をした銀河鉄道に乗り込んで、ジョバンニとカンパネルラと一緒に旅をしています。そして、旅の行程も少しは分かるようになったんですよ。

 二人でした最後の旅、切ないですね。旅の後、ジョバンニは、どんな大人になったのでしょうか。

 いつも、サソリの火の話の後の展開で語られる、カンパネルラとの別れを知ることが出来ない段階での、ジョバンニの言葉が、賢治さんの生き方と重なって、心の中に突き刺さっていきます。

「あんな大きなの中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」

 石炭袋という暗黒星雲を前にしてのジョバンニの言葉です。「ほんとうのさいわい」を探すこと、実際は困難な事なのでしょう。

 このセリフの前にも、同様の言葉があります。

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなののためならば僕のからだなんか百ぺんいてもかまわない。」

 自分だけの「さいわい」ではなく、「みんなの幸」のためなんですね。

 本当は、ジョバンニは、カンパネルラと一緒に、「さいわい」を探したかったのです。

 賢治さん、僕も「さいわい」を探したいのです。でも、賢治さんのようにはいきませんね。

 今日も、無為な日を送ったような気がしてならないのです。

 死ぬ時は、一人です。カンパネルラが教えてくれたことです。生きている間は、一人ぼっちではないようにしたいです。
エスカレーターとエレベーター、デパートで使うのはどっち? ブログネタ:エスカレーターとエレベーター、デパートで使うのはどっち? 参加中
 最近は、デパートで買い物は、ほとんどしませんね。
昔は、子どもの頃は、デパートに行くことは、娯楽を意味していましたね。

 屋上には、観覧車もあり、大食堂もお楽しみの一つでした。エスカレーターの方が、エレベーターより遅く登場したのではないでしょうか。昔は、エレベーターガールがいましたね。一日、エレベーターを操作して、お客に案内をするのは、大変な職業だったんでしょうね。ただし、デパートの看板ですから、容姿を重視して採用されていたようです。
 エスカレーターが登場した時は、子どもの時でしたが、最初は、なかなか、それに乗り込むタイミングが難しかったのを覚えています。下りの方が、スリリングでした。

 さて、本題に戻って、最近、デパートに行くのは、物産展のような催し物か、デパートの中にある美術館目当ての時です。都心のデパートには、結構、美術館があって、興味ある展示が行われることが多いです。昨年も、ローマカルタゴ展などに行きました。催し物が行われる階も、美術館がある階も、建物の上の方ですね。ですから、目的地点までは、一気に行けるエレベーターを利用する訳です。帰りも、同様です。

 ただし、デパ地下で買い物をする時は、エレベーターで行くよりは、エスカレーターを利用した方が、時間的に早いので、その時は例外ということになります。

 結論は、目的の階への距離で決まるということです。

 そう、レストランなどの食事をとる場所も、上の階ですから、お腹が空いた時に利用するのも、エレベーターでした。最近のエレベーターは、移動時間が速いですから、かなり上の階でも、問題ないですね。

 



 昨日の月曜日は、地元のろう協の事務所のお手伝いに行ってきました。
お手伝いといっても、主な仕事は、電話番で、手話通訳しながら、相手にかけたり、受けたりすることです。
でも、一日の内に、そんなに電話を使う機会はありません。ファックスもありますからね。
 だから、ろう者と、おしゃべりして、色々な情報交換しました。

 当日の話題は、最近出版された「ろう者のトリセツ聴者のトリセツ」についてでした。
僕は、その日も、その本をかばんの中に入れてありました。

 ろう者で、地元の手話講習会の講師が、本屋に、その本を注文していたのを、電話で問い合わせました。この本に関しては、NHK教育テレビの「ろうを生きる 難聴を生きる」で、紹介されたこともあり、注文しても、書店には在庫がなく、出版社からの取り寄せになるようです。そのために、当日の本屋への問い合わせでも、入荷まで、あと2週間は必要だと言われました。

 僕が、持っていた本の内容で、話が弾みました。やはり、ろう者と聴者の間の、言葉の使い方のずれは、地元でも同様だという話でした。

 このずれについては、僕たちサークル員も、意識しないで、かなり「とんちんかんな」手話の使い方をしていることが、分かりました。

 たとえば、「行くつもり」と聴者が表現した場合、聴者が行く確率は90%位なのに、るう者の場合は30%位と紹介されています。つまりは、「つもり」という言葉は、聴者が使った場合は、かなり実現可能な場合ですが、ろう者の場合は、実現の可能性がかなり低いというニュアンスで使われるとのことです。

 こんな風に、両者のずれが紹介されている本です。

 かなり、売れているようですね。この本の目的は、ずれを埋めることではなく、両者がお互いの文化を知ること、言葉の使い方の違いを知ることにあります。手話は、日本語とは独立した言語であるという認識から、出発する必要があるということです。

 この話で、当日は、盛り上がりました。そして、前述のろう者は、同書をもう一冊注文しました。その電話の取り次ぎも、お手伝いの内です。

 事務所でのお手伝いは、実際に手話を使う機会が多くなるし、これはコミュニケーション上当然のことですが、
手話の使い方についても、直接教えてもらえますから、楽しかったです。来週も、半日だけお手伝いに行きます。

 なお、今週のサークルでは、井崎哲也さんによるワークショップがあります。絶対に参加したいですね。
 

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