リッキー・マーティンがカミングアウト、「同性愛者であることを誇りに思う」
 人気ラテン歌手のリッキー・マーティンが、29日、自身の公式サイトで同性愛者であることを公表した。 ..........≪続きを読む≫  LGBTの有名人のカミングアウト、いいことですね。
多様性は、性的嗜好にあっても当然だと思います。
一般の人でも、自分の生き方にプライドを持って生きられる世の中であってほしいですね。

 色々な分野で、ユニークな人が、生き生きと活動できる社会が、世の中に活性化をもたらすものだと確信しています。

 人と違うことを考える人、マイノリティに自分が属していると感じる人は、自分の中に大きな可能性を秘めていると思っていいのかもね。

 みんなちがってみんないい
口癖ある? ブログネタ:口癖ある? 参加中
 そうですね。年を重ねるにつれて、ある動作から次の動作に移るのに、「ドッコイショ」なんで言ってしまうということはありますが、それは、誰にでもありそうですね。

 今回は違った視点からです。それは、「死にたい」と言うことです。

 でも、本当に死にたいということではありませんから。なんせ、透析患者ですから、本当に死にたければ、透析を拒否すらばいいんだし、果物を死ぬほど食べて、カリウムの血中濃度を上げて、食欲を満たしながら本当に死ねば済むんですから。

 わが国では、先進国の中で、他の国と違って、毎年3万人以上の人が自ら命を絶っています。うつ病や、生活苦などが背景にあるようで、行政も積極的に対策に乗り出したようです。もし、自分の周囲に「死にたい」と言ったり、発言はしなくても、何らかの信号を出している人がいたら、専門家に相談するなりして下さい。まず初めは、話を聴くだけでも行って下さい。くれぐれも、相手から求められない限り、自分の意見は言わないで。

 さて、本題に戻って、僕が「死にたい」と言うのは、一つは、現実逃避の気持ちをそういう発言で表現しているだけですね。深くも考えずに、違った環境に逃避したいという表明です。つい、安易にそう思ってしまうから、深刻には考えていないようです。いつも、「明けない夜はない」なんて、自分に言い聞かせていますから。
 なお、「死にたい」って言うこと、口に出すまでに至らないことが多くなりました。頭の中か、心の中で、のどに出る前の状態でとどめています。人に聞かせることでもないし。

 もう一つのケースは、感情的に突然、「死にたい」という気持ちが広がることです。昨日も、サークルの帰りに、公園のそばを通りましたが、桜の花が良く咲いていて、露店が出て、お花見客がたくさん出ていました。その先は、八重桜の並木道を通って帰りました。八重桜の方は、まだ、つぼみの段階で、ソメイヨシノが散る頃に満開となります。踏切を超えた道路沿いの並木です。そしたら、急に「死にたい」という気持ちでいっぱいになりました。
 こんな時は、大体、辺りの風景に溶け込みたいという気持ちが強まっているようです。賑やかな場所から、踏切という存在を超えて、まだ、つぼみの段階の木々のそばを通っていく。このまま、この世界に溶け込んでいく。そう思いながらも、足は帰路を急いでいる。

 いたって日常的な風景なのかもしれません。その風景の中に溶け込んで、いつまでも存在し続けたいのかもしれません。死にたいと言っても、きっと、別の存在になって、生き続けたいのでしょう。

 変人なのかな。そんな気持ちをくり返しながら、日常生活にどっぷりと浸かっている。



学校行事で好きだったもの ブログネタ:学校行事で好きだったもの 参加中
 小中学校では、様々な学校行事がありましたね。

 運動会、体育祭は苦手でした。僕は、いわゆる運動音痴(略してうんち何ていう人もいますが)なんで、徒競争は必ずびりでした。体育の成績は最悪で、体育の授業は悪夢で、いつだって嫌な種目の時は雨が降れば言いなんて思っていました。小学校の時は、学校に体育館がなかったので、雨になれば、幻燈とか他のお楽しみの授業になる可能性が高かった訳です。

 子どもの世界は、大人と比べるととても狭いですね。赤ん坊の時は、母親のそばが全世界です。幼児は、家の中と近所の公園くらいが全世界です。年齢とともに、世界が広がっていきます。電車に乗るのも、高校生になってからが本格的で、最初はどう乗ったらいいのか心配していたくらいですから。でも、高校生くらいになると、移動距離も伸びて、各段と世界が広がっていきます。

 小学生は、家を学校の周辺、友達の家、駄菓子屋など、活動する空間がとても狭いです。幼稚園や保育園の時と比べれば、各段と広いのですが。自転車に乗れるようになってからは、かなり遠出をしたような感じでも、狭い空間の中での冒険でした。当時は、子ども同士で繁華街に出かけることは禁じられていましたが、罪悪感と好奇心でよく出かけていました。

 そんな限られた世界から、「遠く」に出かけたと実感できるのが、遠足でした。僕には、田舎がありません。ですから、夏休みなどに、田舎に帰る同級生がちょっぴりうらやましかった。彼らは、異空間に行くような感じがしました。こちらは、夏休みも家にいることが多いのに。
 だから、バスや電車に乗って出かける「遠足」は、とても楽しいものでした。体育の時間と違い、雨が降って中止になれば、それは悲しいことでした。

 遠足の前は、持っていくお菓子を買いそろえるのも楽しみでした。今みたいに、お菓子が世の中にあふれている状態ではなかったので、まとまって買う楽しみは、格別でした。その頃、ようやくスーパーマーケットという新しい店が、地元にも出来始めた頃でした。クラスメイトとスーパーにお菓子を買いに行くというのも、非日常的な出来事でした。学校では、一回に持っていくお菓子の予算が決められていましたが、大体、多めに買っていました。
 遠足の前日は、満足に寝た事がありません。興奮して、なかなか寝付かれないのです。

 高学年になるにつれて、行く場所もだんだんと遠くなっていきました。鎌倉、箱根、それにおのぼりさんの東京見物など、まさに「遠足」。見慣れない空間との接触は、わくわくものでした。お土産を買うのも楽しみでした。この予算も、学校で決められていたのですが、余計にお金を持っていきました。でも、子どもが買うものですから、そんなに大したものは買う訳ではないのです。今となっては、つまらないようなものも、宝物感覚でしたね。

 今は、時間とお金に余裕があれば、子どもの時に考えた事もないような遠い所(実は、遠いという感覚は、子どもの頃と測る物差しが変わっていますが)に行ける訳ですが、現実は、出不精となったのであります。

 今でも、小学校の遠足の時に買った鎌倉の大仏様の小さな置物が部屋にあります。