雪は好き? ブログネタ:雪は好き? 参加中
 雪が降ると、なんだか、神聖な感じがする。辺り一面、白く浄化されるような感じがする。
でも、今は、雪はあまり好きではない。

 子どもの時は、雪が降りだすと、わくわくしたものだ。降り積もれば、遊びに事欠かなかった。
そんな日、学校の楽しみであった。雪だるまを作り、雪合戦を楽しむ。手は、冷たさでかじかむが、そんなことは気にもしなかった。
 雪が解け始め、今までの純白の世界が、泥混じりの汚い雪に変化する時の失望感。でも、また、いつもの生活に戻り、次の降雪を待つ。
 東京郊外の街だから、北国のように雪に閉ざされることもない。クリスマスに雪を期待したが、ほとんど、ホワイトクリスマスはなかったと記憶している。

 成長するにつれて、少しずつ、雪の日が疎ましくなった。高校入試のための願書を出しに行った日も、雪が降り積もった。クラスメイトと慣れない土地で、バスに乗れずに駅まで歩いて行った。やがて、そこは、嫌でも通わなくてはならない土地になったが、雪の日は、電車の発着が大幅に遅れた。

 今、透析のために、週3回クリニックに通っている。雪の日は、要注意である。また、降りやんでからも、要注意である。滑るリスクは、高雪後の地面の凍結の時の方が高い。

 北側の堤防は、溶けるのは遅い。透析に歩いて行く途中で、思いっきり滑った事があった。シャントがある方の腕で、思わず体を支えた。時計のバンドが、衝撃で途中からちぎれた。幸いにシャント本体にはダメージはなかったが、その後、ひどい痛みが長引いた。転倒というのは、不思議と照れくさいものである。本当は、照れくさがるものではなく、後遺症を心配すべきなのに。その時は、クリニックには、転倒の事は離さなかった。骨折はしていないようで、したたかに打ちつけた打撲に耐える日が続いた。

 透析は休むことが出来ない。せいぜい、透析日を一日変更するくらいだ。だから、雪が積もるような日は、転倒しないように通う必要性から、好きになれない日となっている。ただ、空気が澄み切ったような匂いは感じる。そんな空気の中、降雪を呪いながら、透析クリニックへの道を急いでいく。