ドイツでは、ネオナチの思想は別にして、ユダヤ人に対するホロコーストの罪に関しては、未だ追及の手を緩めていない。
時効制度も働いていないはずである。これに対して、日本では戦後も戦犯や戦争に関係した人物が政治・経済の世界で大手を振るってきた。
小林多喜二を虐殺した特高も、形式的な処分を受けたのち、教育委員や地方議員になるなど、結局はその罪は償うことはなかった。
国政レベルでも、政治家として活動したり、反省などなかった。幣原内閣の時の、「国民総懺悔」などは、戦争責任を実質上連帝責任にもっていくことで、責任の所在をあいまいにした。こうしたことが、今日の、過去の亡霊の復活を許している。
「新しい歴史教科書とつくる会」や靖国派の台頭がこの国の将来に不安をもたらしている。東京裁判は、パール判事の言うように、不完全なものであった。ただ、判事のガンジー主義と絶対平和主義の立場からも、判事は南京大虐殺等の日本軍の残虐行為があったことは肯定している。また、憲法9条にも期待を寄せていた。東京裁判で問題にしたのは、罪刑法定主義の立場からのものであった。あの裁判では、原爆投下や大空襲のことには触れられることがなかった。
本来は、日本人が自らの手で、戦犯を裁くべきであった。最近は、NHKで報道されたような、東条英機らが日中戦争や満州国の運営資金に「アヘン」を使用していたことなどの、証拠が発掘されている。