今日はとある人のお通夜でした。
その人は、私が小学校に入学する前に住んでいた団地にいた、両親の知り合い。今でこそ数年に一度しか会いませんでしたが、小学生のころは、ほぼ家族ぐるみの付き合いでした。
生前、彼女のことを慕う人は多く、今日のたくさんの方が参列に来ていました。
キリスト教式だったので、献花という形で遺族への挨拶を行いましたが、亡くなった方と別れること以上に、遺族の方の悲しみにくれる表情を見ることができず、それにいつももらい泣きしてしまい、今日もその状況になりました。
人の死は確かに悲しい。でもこういったお通夜や告別式に涙しているということは、私がまだ生きているということであり、その「生きる」ということに妥協してはいけないものだといつも考えさせられます。
涙できるからこそ、強くなれるし、また何かを学ぶことができる。
そう思っています。