私自身ね、
去年はね、
すごく良い環境の中でお仕事も出来て
自分の居場所がちゃんと出来て。
それは、
今も変わらない。
一昨年はね、
もうほんとにどこにも居場所がなくて
誰にも認めてもらえなくて。
なのに、
良い環境に立てて
そこに身を置いてると
今度は
すごくワガママな自分が顔を出す。
ほんと、
自分がカッコ悪くて…
だから、見なきゃって。
ずっと、自分と戦ってきた彼女を。
彼女の生き方を。
見なきゃって。

小学6年生で、大技、
トリプルアクセル
3連続ジャンプの成功。
そして、
13才の時、
トリプルアクセルからの
コンビネーションの成功。
15才で、
シニアデビュー。
その2か月後、
年齢規制で出れない
オリンピックを控えた大会で
優勝を果たす。
19才のバンクーバーオリンピック。
ショートとフリーで
計3回のトリプルアクセル成功。
それでも、
とれなかった一番欲しかったメダル。
そこから、始まった
新たな挑戦。
20才から始まったスケートの見直し。
そして、
ソチでの記憶に残る名演技。
彼女を支えたチーム真央。
彼女の導き手、
山田満知子コーチ。
ショートプログラムを考える
カナダ・トロント、
振り付け師、ローリーニコルさん。
真央ちゃんの、
真央ちゃん自身の意志を大事にする。
テーマを真央ちゃんの成長と絞って
彼女の繊細な心を技術で表現する。
可愛さや優しさを伸ばす役割を担う。
フリープログラムを考える
ロシア、
振り付け師、
タチアナ・タラソワさん。
力強い表現力の持ち主。
いつも100%で。
大人になるための表現力をくれた人。
そして、
佐藤コーチ。
一からの挑戦を支えてきた。
母親、匡子さんや姉、舞さんの支え。
彼女の周りには、
いつも愛がある。
深く優しい、
包まれるような愛。
それは、
彼女が自分で築き上げたもの。
誰よりも一番練習して。
言葉をいろんな人に貰って。
トリプルアクセルのスランプの時、
飛んでも飛んでもうまくいかない時、
「もう、皆出てって。」
そんな絶望から救いだしたのは、
お姉ちゃんの舞さん。
『今まで何千回、何万回と跳んでたんだから、急に跳べなくなる方が天才だよ。』
その次の日、
トリプルアクセルに成功する。
2012年、
スケートをやりたいと思わなくなる。
そんなときも、
救ってくれた人がいて。
ローリーニコルさん。
その場にいない。
心ここにあらずだったと。
どうしたら真央を助けられるか
本気で考えたと。
家に招かれて、
スケートから離れてみる。
カヌーやテニスをしてみる。
やらなきゃいけないことが何もない。
やりたいことができたらする、
そんな時間。
その後、
真央ちゃんは
2013年の四大陸選手権、
ローリーさんと一緒に考えた
アイ ガット リズム。
で1位をとる。
ソチオリンピック。
ショートプログラムが
自分の思わない結果で、
終わったとき、
佐藤コーチがくれた言葉。
フリーでは、見事な演技。
彼女には、
いつも支えてくれる人がいて、
彼女には、
それに応える力がある。
そうやって、
前に進んできた。
やっぱり、これを見て良かった。
こんな所で甘えてる場合じゃない。
ぬるま湯に浸かってる場合じゃない。
もっと、ちゃんと向き合おう。
そう、思えた。
ソチでの、
真央ちゃんのフリーの演技は
本当に今見ても、
いつ見ても、
涙なしでは見られない。

感動をありがとう。
勇気をありがとう。
「2つのオリンピック。
バンクーバーとソチを2つ
合わせて最高のオリンピックになった。」

そう、言い切ったあなたは
かっこ良かったです。
清々しかったです。
これからのあなたが歩む道も
密やかに応援させてください。