「子供」、「子ども」、「こども」…皆さんはどの表記を使いますか?
最近は「子ども」や「こども」という表記が広まっています。
この記事を書くときに気づきましたが、変換でも「子供」「子ども」「こども」、きちんと3種類出てくるんです。
気になっていたので調べてみました。
以下、wikiの文章を参考に読みやすくしてあります。携帯で見ると約5ページです![]()
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まず「子ども」や「こども」表記の理由としては、
1.「子供」の「供」の字は、「お供」、すなわち子供が大人の付随物であると連想させるため。
2.「子供」の「供」の字は、神に奉げる「供え物」の意味につながるため。
⇒子供の「供」の字が差別につながるのではないか
3.「子供」の「供」は当て字であり漢字に意味はないので、ひらがなにすべき。
⇒差別的ではないが、当て字は不適当ではないか
4.「子供」よりも「子ども」「こども」と表記した方が、ソフトで親しみやすい印象を与える(差別であるとは必ずしも主張しない)。
⇒つまり、そもそも漢字表記に対し不同意、もしくは違和感
このような考えがあることから、最近は「子供」に代えて「子ども」・「こども」と表記されることが多いのです。
実際、教育や福祉などの世界では、「子供」という表記を避けて「子ども」または「こども」という表記が推奨されることがあります。
一方、
「子供」という表記が差別的であるとの意見に対しては、
『「こども」の原義は、「男共」「女共」などと同じく複数をあらわす接尾語「共」・「ども」に由来しており、「供」は単なる当て字に過ぎないため、付随物や供え物などを含意していない。』
といった言葉の歴史的変遷に基づく反論があります。
さらに、
「供」の字が差別であるか否かに関わらず、「子ども」という漢字かな交じりの表記に対して、以下のような反論があります。
1.これは言葉狩りの一例である。
2.
「供」の字の使用は、法律で使うことが禁止されている訳でも、現在の日本社会において一般的には道義的な悪とされているわけでもない。 正規の表記である。
3.
熟語を漢字とひらがなとの交ぜ書きにすることは、日本語についての美意識に反する(なお、「供」は教育漢字であり、小学6年で習う漢字)。
4.
「供」は、現代において複数の意が薄れており、「子供」で一つの語となっている(その論拠として、「共」ではなく「供」の字を使っていること、複数の「子」を指すのに「こどもたち」「こどもら」とも表現すること、また、「こどもが一人いる」という表現が成立すること、などが挙げられる)。
5.
「子ども」の「ども」は、罵って「豚ども」「○○人ども」などと言う時の見下した他称表現と重なるので、「子供」よりもむしろ「子ども」の方が差別的になってしまう(「子ども」という表記に問題がないのであれば、こどもが先生に対して「先生ども」と表現することも問題のないことになる)。
6.
当てられている漢字の語義を問題にするなら、「児童」の「童」には「しもべ」「愚か」という意味があるため、「児童」も同様に「児どう」と表現しなければならなくなるなど、現在一般に用いられているほかの様々な漢字表記も支障をきたしてしまうことになるのではないか。
7.
もし「子供」の「供」の字だけが差別であるのなら、「子供」に代わり古い時代に用いられていた「子共」という表記に戻すことで問題は解決する。
第1・第2の理由のようにこれが悪しき言葉狩りであるか否かは、賛否両者の根拠を検討することでしか判断できない。
第3の理由である美意識の問題は、特定の時代における個人の主観に依存する部分が大きい。
第4の理由は「供」の字に差別性はないという主張である一方、第5・第6の理由はより積極的に、「子ども」という表記またはその表記を強要することの方がむしろ問題があるという主張になっている。
これらに対して
第7の主張は折衷案となる漢字表記を提案している。
こうした「子供」・「子ども」双方の表記に対する不同意・反対を受けて、すべてひらがなで「こども」と書くべきだという主張があります。
例えば、日本の国民の祝日 の一つ「こどもの日」は、法文においても「こども」と表記されています。
以上のことから結論として、
柔らかい印象を与えたい場合には「こども」、漢字表記したい場合には「子共」とすれば比較的問題が少ない
とする考えもあり参考になるでしょう。
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中学校教科書でも出版社によって表記は「子供」か「子ども」に分かれているようです。
自分が学生のころ感じていた疑問はこういった理由だったとは。(ノ゚ο゚)ノ
個人的な意見としては現状として、「子供」か「こども」どちらかを適宜用いるのが良いのかなと感じました。
人によって受け取り方が違うので難しい問題ですね(´`)