江戸時代末期の儒学者佐藤一斎の著作『言志四録』の中の「言志録」第88条を紹介します。
著眼(ちゃくがん)高ければ、則ち理を見て岐せず
【意訳】大所高所に視野を広げていれば、道理が見えて迷うことが無い。
大所高所、長期的な視野の重要性に類似する考えや価値観は、古今東西を問わず、存在するように思います。
大好きな映画作品で、周囲の人に鑑賞を薦めたいものがあります。『ニュー・シネマ・パラダイス』という映画です。特に若い人に広い視野や長期的な視点の大切さを伝えたいとき、変に説教話をするよりは、映画を観たら感想が聞きたいと伝えておけば、相手の心にその想いを届けることができる、そんな学びを含んだ作品です。
まず、映画監督として成功を収めているトト(少年期の名前)ことサルヴァトーレの若い頃の回想シーンが続きます。故郷シチリアの小さな村の映画館パラダイス座で過ごした憧れの映写技師アルフレードとの親子関係にも似た友情と初恋の相手エレナとの甘く切ない想い出です。そして、現在の彼に戻るシーンでは、アルフレードの死の知らせが届き、葬儀に参列するため、30年ぶりに村に帰省することになります。
ここまでを、今回のテーマに関連するポイントを3つに絞って解説します。
1. 故郷という小さな世界から、外の世界へ目を向ける勇気
映画全体を貫く最大のテーマは、アルフレードが若きサルヴァトーレ(トト)に繰り返し説く言葉に集約されています。「ここから出て行け」「戻ってくるな」という彼の助言は、故郷のシチリア島の小さな村の日常や慣習に囚われず、もっと広い世界を見て自分の可能性を追求せよ、というメッセージです。これはまさに大所高所の視点を促すものです。アルフレードは、トトが村の小さな映画館の映写技師という仕事に満足し一生を終えることを望まず、外の世界での成功や真の自己実現を願いました。
2. 過去の美化ではなく、成功するための未来に向けた犠牲としての別離
アルフレードはトトの将来を第一に考え、恋人エレナとの関係に終止符を打つ役割まで果たします。一見冷酷なこの行動も、大所高所から見れば、トトを感傷的な恋愛や故郷への執着から解放させる行為であり、彼の未来を見据えた必要な犠牲と判断したということでしょうか。トトに過去を振り返らず、前を向くことに専念してほしいという親心だったかもしれません。
3. 受け継がれる希望と人生の断片
映画の終盤、成功者として映画監督となったサルヴァトーレが故郷に戻り葬儀後、アルフレードの遺品であるフィルムを受け取るシーンは感動的です。子供だった頃に映写禁止だった映画のキスシーンだけを集めたそのフィルムは、アルフレードからサルヴァトーレへの人生の教訓であり、情愛と希望の継承のように観る者に伝わります。
過去上映禁止のキスシーンのように人生は断片的出来事の連続ですが、それらを包括的に受け止めれば豊かで意味のある人生が形作られることを示唆するかのようです。
『ニュー・シネマ・パラダイス』は1990年の第62回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞したイタリア映画で、観る人の年齢や経験によって様々な想いを引き起こす作品であると思います。これからもエンターテイメント性ばかり追わず、人生観に刺さるような映画作品にときには浸ってみたいですね。
