1995年、12月。自分がまだ競馬を始めて間もない頃です。こんなニュースが流れました。

「フジヤマケンザン 香港国際C制覇!!」

正直、この時の自分は、この快挙の重大さに気付いておらず、「へぇー、すげーじゃん」ぐらいにしか思っていませんでした。本当、今にしてみれば恥ずかしい奴でした。
ただ、この時騎乗していた蛯名騎手、森厩舎のスタッフ、このニュースを伝えた女性のキャスター等、それは満面の笑みだったのを覚えています。

日本の調教馬が海外重賞を制したのが、ハクチカラ以来36年振りという事もあるのですが、フジヤマケンザンの血統を見たら、確かに古くから競馬に関わってきた方々には思う所はあるよなと、最近になって気づきました。

フジヤマケンザン
父ラッキーキャスト 母ワカスズラン 母の父コントライト

父のラッキーキャストは未出走でしたが、半姉のプリティーキャストが3200mのの天皇賞を逃げ切った事をかわれ(つまり良血ということ)種牡馬になった馬です。
そして母系ビックリマーク伝説的になっている名馬、テンポイントを排している吉田牧場ゆかりの母系です。
母の父コントライトはテンポイントの父として有名です。

つまりフジヤマケンザンは、日本に根付いた血統の持ち主ということになります。そんな馬が海外の重賞を勝った訳ですから、本当に奇跡的な出来事だったんですよね。

ちなみにフジヤマケンザンの香港の表記名は「富士山」でした。540キロの雄大な馬体でしたから、この表記名はイメージそのものです。

自分が競馬を始めた頃、フジヤマケンザンは引退する直前でした。印象に残っているのは9歳(現表記の8歳)で制した96年の金鯱賞です。
59キロを背負っての道悪の競馬で、条件は決して良くありませんでしたが、積極的な競馬で早めに先頭に立ち、そのまま力で2着以下をねじ伏せました。とにかく大きい馬体をしているので、迫力があるんですよ、この馬は。



重賞5勝。G1では足りませんでしたし、地味な馬でしたが、海外重賞制覇はそれ以降の日本馬の海外での活躍の足掛かりを築いた名馬と言えるでしょう。